・・・上げて来る潮で波が大まかにうねりを打って、船渠の後方に沈みかけた夕陽が、殆ど水平に横顔に照りつける。地平線に近く夕立雲が渦を巻き返して、驟雨の前に鈍った静かさに、海面は煮つめた様にどろりとなって居る。ドゥニパー河の淡水をしたたか交えたケルソ・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・ 若い人が、ずかずか入って、寝ている人間の、裾だって枕許だって、構やしません。大まかに掻捜して、御飯、お香こう、お茶の土瓶まで……目刺を串ごと。旧の盆過ぎで、苧殻がまだ沢山あるのを、へし折って、まあ、戸を開放しのまま、敷居際、燃しつけて・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 一体、山代の温泉のこの近江屋は、大まかで、もの事おっとりして、いま式に余り商売にあせらない旅館だと聞いて、甚だ嬉しくて来たのであるが、これでは余り大まか過ぎる。 何か、茸に酔った坊さんが、山奥から里へ迷出たといった形で、手をたたき・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・一体馬琴は史筆椽大を以て称されているが、やはり大まかな荒っぽい軍記物よりは情緒細やかな人情物に長じておる。線の太い歴史物よりは『南柯夢』や『旬殿実々記』のような心中物に細かい繊巧な技術を示しておる。『八犬伝』でも浜路や雛衣の口説が称讃されて・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・という小説も、全く別な廿世紀の生々しさが出るのではないかと思い、実に大まかな通俗の言葉ばかり大胆に採用して、書いてみたわけであります。廿世紀の写実とは、あるいは概念の肉化にあるのかも知れませんし、一概に、甘い大げさな形容詞を排斥するのも当る・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・人々の個性はこんな些細な事にも強く刻みつけられていた。大まかに不ぞろいに刈り散らして虎斑をこしらえる者もあれば、一方から丁寧に秩序正しく、蚕が桑の葉を食って行くように着々進行して行くものもあった。ある者は根もとまでつめて刈り込まないと承知し・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・板はただ一枚しかなかったから、さっきの絵の裏へきわめて大まかにかき始めた。 場所が場所だけに見物がだんだん背後に集まって来た。車夫もくれば学生も来ているようであった。しかし大急ぎでこの瞬間の光彩をつかもうとしてもがいている私には、とても・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・昔の職業というものは大まかで、何でも含んでいる。ちょうど田舎の呉服屋みたいに、反物を売っているかと思うと傘を売っておったり油も売るという、何屋だか分らぬ万事いっさいを売る家というようなものであったのが、だんだん専門的に傾いていろいろに分れる・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・十八世紀に於ては、未だ一つの歴史的世界に於ての国家と国家との対立と云うまでに至らなかったのである。大まかに云えば、イギリスが海を支配し、フランスが陸を支配したとも云い得るであろう。然るに十九世紀に入っては、ヨーロッパという一つの歴史的世界に・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・ 女性に就て云っても、或る時には、感情的、理智的又は智的、無智等と云う大まかな、蕪雑な批評で安んじるような傾向が決して無いとは云われなかったのである。 けれども、人は決してそんな単純な形容詞で一貫するような性格を持っているものでは無・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
出典:青空文庫