「何しろこの頃は油断がならない。和田さえ芸者を知っているんだから。」 藤井と云う弁護士は、老酒の盃を干してから、大仰に一同の顔を見まわした。円卓のまわりを囲んでいるのは同じ学校の寄宿舎にいた、我々六人の中年者である。場所・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・翁は大仰に首を振って、「その知人の家に居りますと、急に往来の人通りがはげしくなって、あれを見い、あれを見いと、罵り合う声が聞えます。何しろ、後暗い体ですから、娘はまた、胸を痛めました。あの物盗りが仕返ししにでも来たものか、さもなければ、検非・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・――そう思うと彼は電報に、もっと大仰な文句を書いても、好かったような気がし出した。母は兄に会いたがっている。が、兄は帰って来ない。その内に母は死んでしまう。すると姉や浅川の叔母が、親不孝だと云って兄を責める。――こんな光景も一瞬間、はっきり・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・彼は忌々しそうに、それを、また、畳の上へ抛り出すと、白足袋の足を上げて、この上を大仰に踏みつける真似をした。…… 八 それ以来、坊主が斉広の煙管をねだる事は、ぱったり跡を絶ってしまった。何故と云えば、斉広の持っ・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・ 年の若い巡査は警部が去ると、大仰に天を仰ぎながら、長々と浩歎の独白を述べた。何でもその意味は長い間、ピストル強盗をつけ廻しているが、逮捕出来ないとか云うのだった。それから人影でも認めたのか、彼は相手に見つからないため、一まず大川の水の・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・鳥の嘴のように曲った、鍵鼻を、二三度大仰にうごめかしながら、眉の間を狭くして、見たのである。「私のような商売をしている人間には、雨位、人泣かせのものはありません。」「ははあ、何御商売かな。」「鼠を使って、芝居をさせるのです。」・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・天井から下った電燈も見えた。大形な陶器の瓦斯煖炉も見えた。その煖炉の前を囲んで、しきりに何か話している三四人の給仕の姿も見えた。そうして――こう自分が鏡の中の物象を順々に点検して、煖炉の前に集まっている給仕たちに及んだ時である。自分は彼等に・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・良平は一足踏み出したなり、大仰にぐるりと頭を廻すと、前こごみにばたばた駈け戻って来た。なぜか彼にはそうしないと、勇ましい気もちがしないのだった。「なあんだね、畑の土手にあるのかね?」「ううん、畑の中にあるんだよ。この向うの麦畑の……・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・と、まず大仰に嚇かして、それからまた独り呟くように、「この縁を結んだらの、おぬしにもせよ、女にもせよ、必ず一人は身を果そうじゃ。」と、云い切ったろうじゃありませんか。かっとしたのは新蔵で、さてこそ命にかかわると云ったのは、この婆の差金だろう・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 前に青竹の埒を結廻して、その筵の上に、大形の古革鞄ただ一個……みまわしても視めても、雨上りの湿気た地へ、藁の散ばった他に何にも無い。 中へ何を入れたか、だふりとして、ずしりと重量を溢まして、筵の上に仇光りの陰気な光沢を持った鼠色の・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
出典:青空文庫