・・・――大体そう云う意味ですがね。それ以来妙子は今日までずっと達雄に会わないのです。 主筆 じゃ小説はそれぎりですね。 保吉 いや、もう少し残っているのです。妙子は漢口へ行った後も、時々達雄を思い出すのですね。のみならずしまいには夫より・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・ただ前後の事情により、大体の推測は下せぬこともない。わたしは馬政紀、馬記、元享療牛馬駝集、伯楽相馬経等の諸書に従い、彼の脚の興奮したのはこう言うためだったと確信している。―― 当日は烈しい黄塵だった。黄塵とは蒙古の春風の北京へ運んで来る・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 大体につきてこれを思うに、人界に触れたる山魅人妖異類のあまた、形を変じ趣をこそ変たれ、あえて三国伝来して人を誑かしたる類とは言わず。我国に雲のごとく湧き出でたる、言いつたえ書きつたえられたる物語にほぼ同じきもの少からず。山男に石を食す・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ おとよが家の大体をいうと、北を表に県道を前にした屋敷構えである。南の裏庭広く、物置きや板倉が縦に母屋に続いて、短冊形に長めな地なりだ。裏の行きとまりに低い珊瑚樹の生垣、中ほどに形ばかりの枝折戸、枝折戸の外は三尺ばかりの流れに一枚板の小・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・三 先ず試みよ 文章を作るまでの用意については、大体を尽したと思う。そこで、今諸君に望むところは、大胆に試みよということだ。 一日の生活のある一片を捉えるのもいゝし、ある感情の波動を抒べるのもいゝし、ある思想に形を与える・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・ 私は予言というものを大体に於て信じない方であるが、この話を今年の六月頃に聴いた時、何となく「昭和二十年八月二十日」というものを期待するようになった。 六月といえば、大阪に二回目の大空襲があった月で、もうその頃は日本の必勝を信ずるの・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・東京にあるものは、根柢の浅い外来の文化と、たかだか三百年来の江戸趣味の残滓に過ぎない。大体われ/\の文学が軽佻で薄っぺらなのは一に東京を中心とし、東京以外に文壇なしと云う先入主から、あらゆる文学青年が東京に於ける一流の作家や文学雑誌の模倣を・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・ 学生は大体に見て二十五歳以下の青年である。二十五歳までに青年がその童貞を保持するに耐えないという理拠があるであろうか。また本人の一生の幸福から見て、そうすることが損失であろうか。私は経験から考えてそうは思われない。女を知ることは青春の・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 母性の愛の発動する形は大体右の例のように、本能的感情と、養、教育の物質のための犠牲的労働と、精神的薫陶のためのきびしい訓誡と切なる願訴との三つになって現われるように思う。 動物的、本能的感情の稀薄な母性愛は骨ぬきの愛である。これが・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 農民の生活を題材として取扱う場合、プロレタリア文学は、どういう態度と立場を以て望むか、そして、どういう効果を所期しなければならないか、ということは、大体原則的には、理解されていた。それは、「土の芸術」とか「農村の文化」とか、農村を都市・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
出典:青空文庫