・・・とさも大儀そうに云った。 洋一はただ頷いて見せた。その間も母の熱臭いのがやはり彼には不快だった。しかしお律はそう云ったぎり、何とも後を続けなかった。洋一はそろそろ不安になった。遺言、――と云う考えも頭へ来た。「浅川の叔母さんはまだい・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・と云う合図をして、大儀そうに立ち上った。こうなっては、本間さんもとにかく一しょに、立たざるを得ない。そこでM・C・Cを銜えたまま、両手をズボンのポケットに入れて、不承不承に席を離れた。そうして蹌踉たる老紳士の後から、二列に並んでいるテエブル・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・それからやっと大儀そうに、肝腎の用向きを話し始めた。「この壁にある画だね、これはお前が懸け換えたのかい?」「ええ、まだ申し上げませんでしたが、今朝僕が懸け換えたのです。いけませんか?」「いけなくはない。いけなくはないがね、N閣下・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 下人は、大きな嚔をして、それから、大儀そうに立上った。夕冷えのする京都は、もう火桶が欲しいほどの寒さである。風は門の柱と柱との間を、夕闇と共に遠慮なく、吹きぬける。丹塗の柱にとまっていた蟋蟀も、もうどこかへ行ってしまった。 下人は・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・と馬鹿は大儀そうな声でいった。「ふうむ薪でも割ってくれれば好いけれど、手前にはそれも出来まい」と憎げに百姓はいった。馬鹿は卑しい、卑褻な詞で返事をした。 レリヤは、「此処は厭な処だから、もう帰りましょうね」と犬に向かっていって、後ろも見・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・ 薄黒い入道は目を留めて、その挙動を見るともなしに、此方の起居を知ったらしく、今、報謝をしようと嬰児を片手に、掌を差出したのを見も迎えないで、大儀らしく、かッたるそうに頭を下に垂れたまま、緩く二ツばかり頭を掉ったが、さも横柄に見えたので・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・さて、あれで見れば、石段を上らしゃるが、いこう大儀そうにあった、若いにの。……和郎たち、空を飛ぶ心得があろうものを。」「神職様、おおせでっしゅ。――自動車に轢かれたほど、身体に怪我はあるでしゅが、梅雨空を泳ぐなら、鳶烏に負けんでしゅ。お・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・目はしょぼしょぼして眉が薄い、腰が曲って大儀そうに、船頭が持つ櫂のような握太な、短い杖をな、唇へあてて手をその上へ重ねて、あれじゃあ持重りがするだろう、鼻を乗せて、気だるそうな、退屈らしい、呼吸づかいも切なそうで、病後り見たような、およそ何・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・道も大儀だ。」 と、なぜか中を隔てるように、さし覗く小県の目の前で、頭を振った。 明神の森というと――あの白鷺はその梢へ飛んだ――なぜか爺が、まだ誰も詣でようとも言わぬものを、悪く遮りだてするらしいのに、反感を持つとまでもなかったけ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・昼も夜もどっちで夢を見るのか解りませんような心持で、始終ふらふら致しておりましたが、お薬も戴きましたけれども、復ってからどうという張合がありませんから、弱りますのは体ばかり、日が経ちますと起きてるのが大儀でなりませんので、どこが痛むというで・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
出典:青空文庫