・・・「大分下の間は、賑かなようですな。」 忠左衛門は、こう云いながら、また煙草を一服吸いつけた。「今日の当番は、伝右衛門殿ですから、それで余計話がはずむのでしょう。片岡なども、今し方あちらへ参って、そのまま坐りこんでしまいました。」・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・B もう大分統一されかかっているぜ。小説はみんな時代語になった。小学校の教科書と詩も半分はなって来た。新聞にだって三分の一は時代語で書いてある。先を越してローマ字を使う人さえある。A それだけ混乱していたら沢山じゃないか。B う・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ そこでしばらく立って読んで見ていると、校正の間違いなども大分あるようだから、旁々ここに二度の勤めをするこの小説の由来も聞いてみたし、といって、まだ新聞社に出入ったことがないので、一向に様子もわからず、遠慮がち臆病がちに社に入って見ると・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・深田でもたいへん惜しがって、省作が出たあとで大分揉めたそうだ、親父はなんでもかでも面倒を見ておけというのであったそうな。それもこれもつまりおとよさんのために、省作も深田にいなかったのだから、おとよさんが親に棄てられてもと覚悟したのは決して浮・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 友人は手をちゃぶ台の隅にかけながら、顔は大分赤みの帯び来たのが、そばに立ってるランプの光に見えた。「岩田君、君、今、盲進は戦争の食い物やて云うたけど、もう一歩進めて云うたら、死が戦争の喰い物や。人間は死ぬ時にならんと真面目になれん・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
若い蘇峰の『国民之友』が思想壇の檜舞台として今の『中央公論』や『改造』よりも重視された頃、春秋二李の特別附録は当時の大家の顔見世狂言として盛んに評判されたもんだ。その第一回は美妙の裸蝴蝶で大分前受けがしたが、第二回の『於母影』は珠玉を・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・若いうちは、ベクリンの描いた如く、孤独な、また暗い、深淵のような感じを死に対して持ったが、この頃年をとってからは、大分ちがって灰色にはちがいないが、永遠の休息とでもいう安らけささえ感じられるのでした。いま盛なる人と雖も、やがては後から来るで・・・ 小川未明 「春風遍し」
・・・「いえね、それならば何ですけど、実はね、こないだお光さんのお話の様子では大分お急ぎのようでしたから、それが今日までお沙汰のないとこを見ると、てッきりこれはいけないのだろうとそう思いましてね。じゃ、まだそう気を落したものでもないのでござい・・・ 小栗風葉 「深川女房」
これは狐か狸だろう、矢張、俳優だが、数年以前のこと、今の沢村宗十郎氏の門弟で某という男が、或夏の晩他所からの帰りが大分遅くなったので、折詰を片手にしながら、てくてく馬道の通りを急いでやって来て、さて聖天下の今戸橋のところま・・・ 小山内薫 「今戸狐」
・・・「そんなわけで、大した金額ではないが、無効になった為替や小切手が大分あるのだ」 という十吉の話を聴いて、私は呆れてしまった。「どうして、そうズボラなんだ」「いや、ズボラというのじゃないんだ。仕事に追われていると、忘れてしまう・・・ 織田作之助 「鬼」
出典:青空文庫