・・・ 広く読書することも必要であるが、指導書を精読することは一層大切である。 それは問題の所在と、その難点とを突き止め、これが解決の方法を示唆するものだからである。たとい満足な解決が与えられなくとも、解決の方法をつくし、その難点と及び限・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ 村の年寄りが、山の小さい桐の樹を一本伐られたといって目に角立てゝ盗んだ者をせんさくしてまわったり、霜月の大師詣りを、大切な行かねばならぬことのようにして詣るのをいゝ年をしてまるで子供のようにと思って眺めていたが、私にも年寄りの気持がい・・・ 黒島伝治 「四季とその折々」
・・・だがの、別段未練を残すのなんのというではないが、茶人は茶碗を大切にする、飲酒家は猪口を秘蔵にするというのが、こりゃあ人情だろうじゃないか。」「だって、今出してまいったのも同じ永楽ですよ。それに毀れた方はざっとした菫花の模様で、焼も余りよ・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・を持ってきて、刑務所で預かる所持金の受取りをさせられた。捕かまる時、オレは交通費として現金を十円ほど持っていた。俺たちのように運動をしているものは、命と同じように「交通費」を大切にしている。――印を押そうと思って、広げられた帳面を見ると、俺・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・と言って大切にしてくれる蜂谷ほどには、蜂谷の細君の受けも好くなくて、ややもすると機嫌を損ね易いということも、一層おげんの心を東京へと急がせた。この東京行は、おげんに取って久しく見ない弟達を見る楽しみがあり、その弟達に逢ってこれから将来の方針・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・千鳥の話が大切なからである。千鳥の話とは、唖のお長の手枕にはじまって、絵に描いた女が自分に近よって、狐が鼬ほどになって、更紗の蒲団の花が淀んで、鮒が沈んで針が埋まって、下駄の緒が切れて女郎蜘蛛が下って、それから机の抽斗から片袖が出た、その二・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 御身体、大切に、 御奮闘祈ります。 あとは、ブランク。 こうして書き写していると、さすがに、おのずから溜息が出て来る。可憐なお便りである。もっともっと、頑張らなければなりません、という言葉が、三田君ご自身に就いて言っている・・・ 太宰治 「散華」
・・・ アインシュタインの考えでは、若い人の自然現象に関する洞察の眼を開けるという事が最も大切な事であるから、従って実科教育を十分に与えるために、古典的な語学のみならず「遠慮なく云えば」語学の教育などは幾分犠牲にしても惜しくないという考えらし・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・「それああなた、道路はもう、町を形づくるに何よりも大切な問題ですがな」彼はちょっと嵩にかかるような口調で応えた。「もっともこの砂礫じゃ、作物はだめだからね」「いいえ、作物もようできますぜ。これからあんた先へ行くと、畑地がたくさん・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・になり、物の役に立つべき面々は皆他界の人になって、廟堂にずらり頭を駢べている連中には唯一人の帝王の師たる者もなく、誰一人面を冒して進言する忠臣もなく、あたら君徳を輔佐して陛下を堯舜に致すべき千載一遇の大切なる機会を見す見す看過し、国家百年の・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫