・・・けれども人にはそれよりももっと大切なものがないだろうか。足や舌とも取りかえるほどもっと大切なものがないだろうか。むずかしいけれども考えてごらん。」 アラムハラドが斯う言う間タルラは顔をまっ赤にしていましたがおしまいは少し青ざめました。ア・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・勿論俳優の力量という制約があるが、あの大切な、謂わば製作者溝口の、人生に対する都会的なロマンチシズムの頂点の表現にあたって、あれ程単純に山路ふみ子の柄にはまった達者さだけを漲らしてしまわないでもよかった。おふみと芳太郎とが並んで懸合いをやる・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・どれほど殿様を大切に思えばといって、誰でも勝手に殉死が出来るものではない。泰平の世の江戸参勤のお供、いざ戦争というときの陣中へのお供と同じことで、死天の山三途の川のお供をするにもぜひ殿様のお許しを得なくてはならない。その許しもないのに死んで・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・あれをしていると、大切な事を忘れてしまう。 ツァウォツキイはようよう鉄道の堤に攀じ上った。両方の目から涙がよごれた顔の上に流れた。顔の色は蒼ざめた。それから急にその顔に微笑の影が浮かんで、口から「ユリア、ユリア」と二声の叫が洩れた。ユリ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・自然に眼にふれ耳にはいってくることの方を大切にしたいと思っている。観察をすると有効な場合はあるが、観察したことのために相手が変化をしてしまうので、もう自然な姿は見られない。殊に何ものよりも一番大切な人の顔がそうである。誰からも尊敬されている・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・べきこと、文芸を心の糧とすべきこと、その文芸も『万葉集』、『源氏物語』のごとき古典に親しむべきこと、連歌や歌の判のことなども心得べきこと、などを説いた後に、実践の問題に立ち入って、人を見る明が何よりも大切であることを教えている。全然王朝の理・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫