・・・今年は朝顔の培養に失敗した事、上野の養育院の寄附を依頼された事、入梅で書物が大半黴びてしまった事、抱えの車夫が破傷風になった事、都座の西洋手品を見に行った事、蔵前に火事があった事――一々数え立てていたのでは、とても際限がありませんが、中でも・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 或は大半と云っても好い。 我我は妙に問うに落ちず、語るに落ちるものである。我我の魂はおのずから作品に露るることを免れない。一刀一拝した古人の用意はこの無意識の境に対する畏怖を語ってはいないであろうか? 創作は常に冒険である。所詮は・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・また実際音曲にも踊にも興味のない私は、云わば妻のために行ったようなものでございますから、プログラムの大半は徒に私の退屈を増させるばかりでございました。従って、申上げようと思ったと致しましても、全然その材料を欠いているような始末でございます。・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・燃えるようなおとよのことばも、お千代の口から母に話す時は、大半熱はさめてる、さらに母の口から父に話す時は、全く冷静な説明になってる。「なんだって……ここで嫁に出れば淫奔になるって……。ばかばかしい、てめいのしてる事が大の淫奔じゃねいか、・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・そして、ほとんど、町の大半は全滅して、また負傷した人がたくさんありました。 この騒ぎに、あほう鳥の行方が、わからなくなりました。男はどんなにか、そのことを悲しんだでしょう。彼は、焼け跡に立って、終日、あほう鳥の帰ってくるのを待っていまし・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・浅間根腰の三宿といわれ、いまは焼けてしまったが、ここの油屋は昔の宿場の本陣そのままの姿を残し、堀辰雄氏、室生犀星氏、佐藤春夫氏その他多くの作家が好んでこの油屋へ泊りに来て、ことに堀辰雄氏などは一年中の大半をここの大名部屋か小姓の部屋かですご・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・ 電車会社の慰謝金はなぜか百円そこそこの零砕な金一封で、その大半は暇をとることになった見習弟子にくれてやる肚だった。 そんなお君に中国の田舎から来た親戚の者は呆れかえって、葬式、骨揚げと二日の務めをすますと、さっさと帰って行き、家の・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 国民の大半は戦争に飽くというより、戦争を嫌悪していた。六月、七月、八月――まことに今想い出してもぞっとする地獄の三月であった。私たちは、ひたすら外交手段による戦争終結を渇望していたのだ。しかし、その時期はいつだろうか。「昭和二十年八月・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・前借金の大半は新太郎がまき上げた。この時安子は十八歳であった。 織田作之助 「妖婦」
・・・ 学生時代の恋愛はその大半は恋の思いと憧憬で埋められるべきものだ。この部分が豊かであるだけ、それは青春らしいのだ。それが青春の幸福をつくるのだ。青春は浪曼性とともにある。未知と被覆とを無作法にかなぐり捨てて、わざと人生の醜悪を暴露しよう・・・ 倉田百三 「学生と生活」
出典:青空文庫