・・・ば今申すことをば今生の遺言とも心得て深く心にきざみ置かれたく候そなたが父は順逆の道を誤りたまいて前原が一味に加わり候ものから今だにわれらさえ肩身の狭き心地いたし候この度こそそなたは父にも兄にもかわりて大君の御為国の為勇ましく戦い、命に代えて・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・ 大君の辺にこそ、とは日本のひと全部の、ひそかな祈願の筈である。さして行く笠置の山、と仰せられては、藤原季房ならずとも、泣き伏すにきまっている。あまりの事に、はにかんで、言えないだけなのである。わかり切った事である。鳴かぬ蛍は、何とかと・・・ 太宰治 「一燈」
・・・ オ星サマ。日本ノ国ヲオ守リ下サイ。 大君ニ、マコトササゲテ、ツカエマス。 はっとした。いまの女の子たちは、この七夕祭に、決して自分勝手のわがままな祈願をしているのではない。清純な祈りであると思った。私は、なんどもなんども色紙の・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・ 背後から、我が大君に召されえたあるう、と実に調子のはずれた歌をうたいながら、乱暴な足どりで歩いて来る男がある。ゴホンゴホンと二つ、特徴のある咳をしたので、私には、はっきりわかった。「園子が難儀していますよ。」 と私が言ったら、・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・われわれ軍人は、あく迄も抗戦をつづけ、最後には皆ひとり残らず自決して、以て大君におわびを申し上げる。自分はもとよりそのつもりでいるのだから、皆もその覚悟をして居れ。いいか。よし。解散」 そう言って、その若い中尉は壇から降りて眼鏡をはずし・・・ 太宰治 「トカトントン」
出典:青空文庫