・・・あって往々閑却されるが、例えば信乃が故主成氏の俘われを釈かれて国へ帰るを送っていよいよ明日は別れるという前夕、故主に謁して折からのそぼ降る雨の徒々を慰めつつ改めて宝剣を献じて亡父の志を果す一条の如き、大塚匠作父子の孤忠および芳流閣の終曲とし・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・二階から大声で、「大塚、大塚!」「貴所下りてお出でなさいよ」と母が呼ぶ。大塚軍曹は上を向いて、「お光さん、お光さん!」 外所は豆腐屋の売声高く夕暮近い往来の気勢。とてもこの様子ではと自分は急に起て帰ろうとすると、母は柔和い声・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
ふと大塚さんは眼が覚めた。 やがて夜が明ける頃だ。部屋に横たわりながら、聞くと、雨戸へ来る雨の音がする。いかにも春先の根岸辺の空を通り過ぎるような雨だ。その音で、大塚さんは起されたのだ。寝床の上で独り耳を澄まして、彼は・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・こう決心して、それからK氏――小林君の親友のK氏を大塚に訪問し、手紙を二三通借りて来たりして、やがて行田に行って、石島君を訪ねた。 石島君は忙しい身であるにかかわらず、私にいろいろな事を示してくれた。士族屋敷にも行けば、かれの住んでいた・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・以後には橋口五葉氏や大塚楠緒子女史などとも絵はがきの交換があったようである。象牙のブックナイフはその後先端が少し欠けたのを、自分が小刀で削って形を直してあげたこともあった。時代をつけると言ってしょっちゅう頬や鼻へこすりつけるので脂が滲透して・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・ 始めて六尺横町の貸本屋から昔のままなる木版刷の『八犬伝』を借りて読んだ当時、子供心の私には何ともいえない神秘の趣を示した氷川の流れと大塚の森も取払われるに間もあるまい。私が最後に茗荷谷のほとりなる曲亭馬琴の墓を尋ねてから、もう十四、五・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・ 日本の歴史学は、まだ大塚史学の伝統をとりのぞいて正しく科学としての日本の歴史学に発展するところまでいっていません。『国のあゆみ』『民主主義』読本に対する監視と批判は、決して新学期に際してだけの季節的行事であってはならないと思います。今・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 音羽の通りへ出るに、大塚警察の横のひろい坂をよく通った。もう十四五年にもなるから、代が変っているかもしれないが、その坂の下り口の右側に、一軒門構えの家があった。坂の中途の家というのは何となく陰気なものだ。そこも門から八ツ手などの植った・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・日露戦争のとき大塚楠緒子が、「お百度まいり」という作品をかき、与謝野晶子が「君死に給うことなかれ」という詩をかいて戦争の惨酷に反対したことは有名です。しかしこの二つの代表的な婦人の手による戦争反対の作品は、日本の文学史に全文をのせることさえ・・・ 宮本百合子 「戦争と婦人作家」
・・・ 四月に大塚の一年に成った彼は今お伽噺に魂を奪われて居るのです。 生れつき逞しい想像力を持って居るので時々すっかりお伽噺的な気持に成って仕舞って夢の様な事を云ったり考えたりする事が有るのですが、今も丁度そんな気持になったと見えて、突・・・ 宮本百合子 「小さい子供」
出典:青空文庫