・・・慎太郎はもうこの秋は、大学生になるんだから。」と云った。 洋一は飯を代えながら、何とも返事をしなかった。やりたい文学もやらせずに、勉強ばかり強いるこの頃の父が、急に面憎くなったのだった。その上兄が大学生になると云う事は、弟が勉強すると云・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・「すると電車の中で知り合になった大学生のことが書いてあるんだよ。」「それで?」「それで僕は美代ちゃんに忠告しようかと思っているんだがね。……」 僕はとうとう口を辷らし、こんな批評を加えてしまった。「それは矛盾しているじゃ・・・ 芥川竜之介 「彼」
一 或秋の午頃、僕は東京から遊びに来た大学生のK君と一しょに蜃気楼を見に出かけて行った。鵠沼の海岸に蜃気楼の見えることは誰でももう知っているであろう。現に僕の家の女中などは逆まに舟の映ったのを見、「この間の新聞・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
大学生の中村は薄い春のオヴァ・コオトの下に彼自身の体温を感じながら、仄暗い石の階段を博物館の二階へ登っていった。階段を登りつめた左にあるのは爬虫類の標本室である。中村はそこへはいる前に、ちょっと金の腕時計を眺めた。腕時計の・・・ 芥川竜之介 「早春」
・・・そこには又Hと云う大学生や年をとった女も佇んでいた。彼等は僕の顔を見ると、僕の前に歩み寄り、口々に僕へ話しかけた。「大火事でしたわね」「僕もやっと逃げて来たの」 僕はこの年をとった女に何か見覚えのあるように感じた。のみならず彼女・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・その代りに当時はマダ大学生であった佐々醒雪、笹川臨風、田岡嶺雲というような面々がしばしば緑雨のお客さんとなって「いろは」の団子を賞翫した。醒雪はその時分々たる黒い髯を垂れて大学生とは思われない風采であった。緑雨は佐々弾正と呼んで、「昨日弾正・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・貧しい大学生などよりは、少し年はふけていても、社会的地歩を占めた紳士のほうがいいなどといった考えは実に、愚劣なものであるというようなことを抗議するのだ。日本の娘たちはあまりに現実主義になるな、浪曼的な恋愛こそ青春の花であるというようなことを・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・それが隣の家に泊まっている大学生サ。」 何かしら常に不満で、常にひとりぼっちで、自分のことしか考えないような顔つきをしている三郎が、そんな鶯のまねなぞを思いついて、寂しい少年の日をわずかに慰めているのか。そう思うと、私はこの子供を笑えな・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・家へ帰ってから読むつもりであったのを、その晩は青木という大学生に押掛けられた。割合に蚊の居ない晩で、二人で西瓜を食いながら話した。はじめて例の著書が出版された当時、ある雑誌の上で長々と批評して、「ツルゲネエフの情緒あって、ツルゲネエフの想像・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・けれども、大学生は、レインコオトのポケットに両手をつっこんだまま、さっさと歩いた。女は、その大学生の怒った肩に、おのれの丸いやわらかな肩をこすりつけるようにしながら男の後を追った。 大学生は、頭がよかった。女の発情を察知していた。歩きな・・・ 太宰治 「あさましきもの」
出典:青空文庫