・・・但しこのベエトオフェンは、ただお君さんがベエトオフェンだと思っているだけで、実は亜米利加の大統領ウッドロオ・ウイルソンなのだから、北村四海君に対しても、何とも御気の毒の至に堪えない。―― こう云えばお君さんの趣味生活が、いかに芸術的色彩・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・パデレフスキーも日本に生れたら大統領は魯か文部の長官にだって選ばれそうもない。ダンヌンチオも日本だったら義兵を募る事も軍資を作る事も決して出来なかったろう。西洋では詩人や小説家の国務大臣や商売人は一向珍らしくないが、日本では詩人や小説家では・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・その短い場面でわれわれは彼らがいかにして、またいかに、英国労働内閣首相であり、北米合衆国大統領であるかを読み取ることができるような気がするのである。世界じゅうの重要不重要な出来事を短い時間に瞥見することによって世界が恐ろしく狭い空間に凝縮さ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・たとえばマッキンレーが始めて大統領に選ばれたときに馬鈴薯の値段が暴騰したので、ウィスコンシンの農夫らはそれをこの選挙の結果に帰した。しかし実は産地の旱魃のためであった。近ごろの新聞には、亭主が豆腐を一人で食ってしまって自分に食わせないという・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・年取ったふとった案内者の顔はどこかフランスの大統領に似ていたが、着ている背広はみすぼらしいものであった。T氏とハース氏とドイツ大尉夫妻と自分と合わせて五人の組を作ってこの老人の厄介になることにした。無蓋の馬車にぎし詰めに詰め込まれてナポリの・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・これに反して大多数の政党員ないし政治に興味をもつ一般人、それからまじめな商業や産業に従事している人たちにとってたとえば仏国の大統領が代わったとかニューヨークの株が下がったとか、あるいは北海道で首相が演説したとか議会で甲某が乙某とどんなけんか・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・また少し極端な例を仮想してみるとすれば、たとえばフランスでナポレオンの記念祭に大統領が演説したりする際に、もしも本物のナポレオンの声や、ウォータールーの砲声や、セントヘレナの波の音のレコードが適当に插入されたとしたら、それは実に不思議な印象・・・ 寺田寅彦 「ラジオ・モンタージュ」
一 このたびのアメリカ大統領選挙は、まったく世界の広場のまんなかで、世界じゅうの注目をあつめて、たたかわれた。どこの国でも日本のように共和党の候補者デューイの当選が確実だと、あれほど宣伝されていた・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
こんどのアメリカ大統領選挙でトルーマンが勝利したことは、デューイをおどろかしたばかりでなく、日本の一部のジャーナリストをだいぶめんくらわせたらしかった。日本時間で十一月四日の午前、トルーマン当選確定となったあと、東京のあち・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・自然科学の力は今日いながらアメリカで話す大統領の演説がきかれるほどの発達を示しているが、そのラジオは農民の借金の解決案のために放送はしない。本願寺の坊さんが今の世の中に生きていることは仮りの世であって死んでからこそ真実の世界に生きるのだから・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
出典:青空文庫