・・・ 洋一はちょいとためらった後、大股に店さきへ出かけて行くと、もう薄日もささなくなった、もの静な往来を眺めまわした。「来そうもないな。まさか家がわからないんでもなかろうけれど、――じゃ神山さん、僕はちょいとそこいらへ行って見て来らあ。・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ 陳は麦藁帽の庇へ手をやると、吉井が鳥打帽を脱ぐのには眼もかけず、砂利を敷いた構外へ大股に歩み出した。その容子が余り無遠慮すぎたせいか、吉井は陳の後姿を見送ったなり、ちょいと両肩を聳やかせた。が、すぐまた気にも止めないように、軽快な口笛・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・僕等は腕を組んだまま、二十五の昔と同じように大股にアスファルトを踏んで行った。二十五の昔と同じように――しかし僕はもう今ではどこまでも歩こうとは思わなかった。「まだ君には言わなかったかしら、僕が声帯を調べて貰った話は?」「上海でかい・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・ すると、まだその点検がすまない中に、老紳士はつと立上って、車の動揺に抵抗しながら、大股に本間さんの前へ歩みよった。そうしてそのテエブルの向うへ、無造作に腰を下すと、壮年のような大きな声を出して、「やあ失敬」と声をかけた。 本間さん・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・私は、妙な顔をしている友人を促して、可笑しくもない事を可笑しそうに笑いながら、わざと大股に歩き出しました。その友人が、後に私が発狂したと云う噂を立てたのも、当時の私の異常な行動を考えれば、満更無理な事ではございません。しかし、私の発狂の原因・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・ 罪人は諦めたような風で、大股に歩いて這入って来て眉を蹙めてあたりを見廻した。戸口で一秒時間程躊躇した。「あれだ。あれだ。」フレンチは心臓の鼓動が止まるような心持になって、今こそある事件が始まるのだと燃えるようにそれを待っているのである・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・私はしばらく躊躇ったが、背に腹は代えられぬと、大股で廊下を伝った。そして、がたがたやっていると、腕を使いすぎたので、はげしく咳ばらいが出た。その音のしずまって行くのを情けなくきいていると、部屋のなかから咳ばらいの音がきこえた。私はあわてて自・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ ノッポの大股で、上本町から馬場町まですぐだった。 放送局の受付へかけつけた時、「やあ。白崎はん、あんたも来やはりましたか」 声を掛けたのは、赤井だった。「やア。到頭トランクの主が見つかった」 一階の第一スタジオの前・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ その途端、一人の大男が、こそこそと、然しノッポの大股で、境内から姿を消してしまったが、その男はいわずと知れた郷士鷲塚佐太夫のドラ息子の、佐助であった。 佐助は、アバタ面のほかに人一倍強い自惚れを持っていた。 その証拠に、六・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・寿子は父の大股の足について行きながら、半泣きになっていた。冷やし飴一杯も飲まずに、家へ帰ると庄之助は昂奮した声で、怒鳴るように言った。「さア寿子、稽古だ!」三 乾いた雑巾から血を絞り取るような苦しい稽古が、その日から繰り・・・ 織田作之助 「道なき道」
出典:青空文庫