・・・ 乗る客、下りる客の雑踏の間をわれら大股に歩みて立ち去り、停車場より波止場まで、波止場より南洋丸まで二人一言も交えざりき。 船に上りしころは日ようやく暮れて東の空には月いで、わが影淡く甲板に落ちたり。卓あり、粗末なる椅子二個を備え、・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ この時犬高くほえしかば、急ぎて路に出で口笛鋭く吹きつつ大股に歩みて野の方に向かい、おりおり空を仰ぎては眉をひそめぬ。空は雲の脚はやく、絶え間絶え間には蒼空の高く澄めるが見ゆ。 青年は絶えずポケットの内なる物を握りしめて、四辺の光景・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・長火鉢に寄っかかッて胸算用に余念もなかった主人が驚いてこちらを向く暇もなく、広い土間を三歩ばかりに大股に歩いて、主人の鼻先に突ったッた男は年ごろ三十にはまだ二ツ三ツ足らざるべく、洋服、脚絆、草鞋の旅装で鳥打ち帽をかぶり、右の手に蝙蝠傘を携え・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・そして、本部の方へ大股に歩いて行った。……途中で、ふと、彼は、踵をかえした。 つい、今さっきまで、松木と武石とが立っていた窓の下へ少佐は歩みよった。彼は、がん丈で、せいが高かった。つまさきで立ち上らずに、カーテンの隙間から部屋の中が見え・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・――編笠を頭の後にハネ上げ、肩を振って、大股に歩いている、それは同志だった。暗い目差しをし、前こゞみに始終オド/\して歩いている他の犯罪者とハッキリちがっていた。 それどころか、雑役が話してきかせたのだが、俺だちの仲間のあるものは、通信・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・それでも、外套の肩を張りぐんぐんと大股つかって銀杏の並木にはさまれたひろい砂利道を歩きながら、空腹のためだ、と答えたのである。二十九番教室の地下に、大食堂がある。われは、そこへと歩をすすめた。 空腹の大学生たちは、地下室の大食堂からあふ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・雨はあがり、雲は矢のように疾駆し、ところどころ雲の切れま、洗われて薄い水いろの蒼空が顔を見せて、風は未だにかなり勁く、無法者、街々を走ってあるいていたが、私も負けずに風にさからってどんどん大股であるいてやった。恥ずかしいほどの少年になってし・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ 私は風邪をひいたような気持になり、背中を丸め、大股で地下道の外に出てしまいました。 四五人の記者たちが、私の後を追いかけて来て、「どうでした。まるで地獄でしょう。」 別の一人が、「とにかく、別世界だからな。」 また・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
・・・ 呼びかけられた兵士は、とんでもないというような顔をして首を振り、大股で歩み去る。「この、うなぎも食べちゃおうか。」 私はまんなかに取り残されてあるうなぎの皿に箸をつける。「ええ。」「半分ずつ。」 東京は相変らず。以・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・い小娘がジュポンの裾を撮んで、ぬかるみを跨ごうとしているのを見附けた竜騎兵中尉は、左の手にを握っていた軍刀を高く持ち上げて、極めて熱心にその娘の足附きを見ていたが、跨いでしまったのを見届けて、長い脚を大股に踏んで、その場を立ち去った。 ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫