・・・又たお源は磯さんはイザとなれば随分人の出来ない思きった大胆なことをする男だと頼もしがっている。けれどそうばかし思えんこともある。その実案外意久地のない男かしらと思う場合もあるが、それは一文なしになって困り抜た時などで、そう思うと情なくなるか・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・とを警告した。左衛門尉は「何の頃か大蒙古は寄せ候ふべき」と問うた。日蓮は「天の御気色を拝見し奉るに、以ての外に此の国を睨みさせ給ふか。今年は一定寄せぬと覚ふ」と大胆にいいきった。平ノ左衛門尉はさすがに一言も発せず、不興の面持であった。 ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・革命運動などのような、もっとも熱烈な信念と意気と大胆と精力とを要するの事業は、ことに少壮の士に待たねばならぬ。古来の革命は、つねに青年の手によってなされたのである。維新の革命に参加してもっとも力のあった人びとは、当時みな二十代から三十代であ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・別な方からは、大胆な歌声が起る。 俺は起き抜けに足踏みをし、壁をたゝいた。顔はホテり、眼には涙が浮かんできた。そして知らないうちに肩を振り、眉をあげていた。「ごはんの用――意ッ!」 俺はそれを待っていた。丁度その時は看守も雑役も・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・実に、華麗な、大胆な風俗だ。見給え、通る人は各自に思い思いの風をしている」「とにかく、進んで来たんだね。着物の色からして、昔は割合に単純なもので満足した。今は子供の着るものですら、黄とか紅とか言わないで、多く間色を用いるように成った。そ・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・アンティフォンは大胆にもそれを引き合いに出して、ディオニシアスにあてつけを言ったのでした。 また或とき、ディオニシアスは、友人のドモクレスという人が、たった一日でもいいから、ディオニシアスのような身分になって見たいと言って羨んだというこ・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・ 焔はちろちろ燃えて、少しずつ少しずつ短かくなって行くけれども、私はちっとも眠くならず、またコップ酒の酔いもさめるどころか、五体を熱くして、ずんずん私を大胆にするばかりなのである。 思わず、私は溜息をもらした。「足袋をおぬぎにな・・・ 太宰治 「朝」
・・・立居振舞は立派な上流の婦人であって、その底には人を馬鹿にした、大胆な行を隠している。ピアノを上手に弾いて、クプレエを歌う。その時は周囲が知らず識らずの間に浮かれ出してしまう。先ずこんなわけで、いつの間にかポルジイは真面目にドリスに結婚を申し・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・そうして所々に露出した山骨は青みがかった真珠のような明るい銀灰色の条痕を成して、それがこの山の立体的な輪郭を鋭く大胆なタッチで描出しているのである。今までにずいぶん色々な山も見て来たが、この日この時に見た焼岳のような美しく珍しい色彩をもった・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・のこの匂といい色といいまたその汚しい桶といい、凡て何らの修飾をも調理をも出来得るかぎりの人為的技巧を加味せざる天然野生の粗暴が陶器漆器などの食器に盛れている料理の真中に出しゃばって、茲に何ともいえない大胆な意外な不調和を見せている処に、いわ・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫