・・・その途端に侍の手が刀の柄前にかかったと思うと、重ね厚の大刀が大袈裟に左近を斬り倒した。左近は尻居に倒れながら、目深くかぶった編笠の下に、始めて瀬沼兵衛の顔をはっきり見る事が出来たのであった。 二 左近を打たせた・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・室生は大袈裟に形容すれば、日星河岳前にあり、室生犀星茲にありと傍若無人に尻を据えている。あの尻の据えかたは必しも容易に出来るものではない。ざっと周囲を見渡した所、僕の知っている連中でも大抵は何かを恐れている。勿論外見は恐れてはいない。内見も・・・ 芥川竜之介 「出来上った人」
ある雨の降る日の午後であった。私はある絵画展覧会場の一室で、小さな油絵を一枚発見した。発見――と云うと大袈裟だが、実際そう云っても差支えないほど、この画だけは思い切って彩光の悪い片隅に、それも恐しく貧弱な縁へはいって、忘れ・・・ 芥川竜之介 「沼地」
・・・急に皆そわそわ立ち騒ぐようなけはいがし出しましたから、新蔵はまた眼を開くと、腰を浮かせかけていた泰さんが、わざと大袈裟に舌打ちをして、「何だ。驚かせるぜ。――御安心なさい。今泣いた烏がもう笑っています。」と、二人の女の方をふり返りました。実・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・へん、大袈裟な真似をしやがって、 と云う声がしたので、見ると大黒帽の上から三角布で頬被りをした男が、不平相にあたりを見廻して居たが、一人の巡査が彼を見おろして居るのに気が附くと、しげしげそれを見返して、唾でも吐き出す様に、・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・ いや、どうもちっと大袈裟だ。信也氏が作者に話したのを直接に聞いた時は、そんなにも思わなかった。が、ここに書きとると何だか誇張したもののように聞こえてよくない。もっとも読者諸賢に対して、作者は謹んで真面目である。処を、信也氏は実は酔って・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・線を使って、お茶の水で下車して、あれから大学の所在地まで徒歩するのが習であったが、五日も七日もこう降り続くと、どこの道もまるで泥海のようであるから、勤人が大路の往還の、茶なり黒なり背広で靴は、まったく大袈裟だけれど、狸が土舟という体がある。・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ と、少し身を寄せたが、さしうつむく。「串戯じゃありません。……の時のごときは、頭から霜を浴びて潟の底へ引込まれるかと思ったのさ。」 大袈裟に聞えたが。……「何とも申訳がありません。――時ならない時分に、髪を結ったりなんかし・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・……お待ち下さい……この浦一円は鰯の漁場で、秋十月の半ばからは袋網というのを曳きます、大漁となると、大袈裟ではありません、海岸三里四里の間、ずッと静浦の町中まで、浜一面に鰯を乾します。畝も畑もあったものじゃありません、廂下から土間の竈まわり・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・矢だの、鉄砲だの、それ大袈裟な帯が入るのだから、便所は大きい、広い事、畳で二畳位は敷けるのだと云うよ。それへ入ろうとするとね、えへん! ともいわず歌も詠まないが、中に人のいるような気勢がするから、ふと立停った、しばらく待ってても、一向に出て・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
出典:青空文庫