・・・どさんと大袈裟に音たてて寝て、また夕刊を読む。ふっと夕刊一ぱいに無数の卑屈な笑顔があらわれ、はっと思う間に消え失せた。みんな、卑屈なのかなあ、と思う。誰にも自信が無いのかなあ、と思う。夕刊を投げ出して、両方の手で眼玉を押しつぶすほどに強くぎ・・・ 太宰治 「鴎」
・・・隣の法律家が余を視る立脚地は、余が隣りの法律家を視る立脚地とは自から違う。大袈裟な言葉で云うと彼此の人生観が、ある点において一様でない。と云うに過ぎん。 人事に関する文章はこの視察の表現である。したがって人事に関する文章の差違はこの視察・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・「ねえ」「ねえかも知れないが危険だぜ。ここにこうしていても何だか顔が熱いようだ」と碌さんは、自分の頬ぺたを撫で廻す。「大袈裟な事ばかり云う男だ」「だって君の顔だって、赤く見えるぜ。そらそこの垣の外に広い稲田があるだろう。あの・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・魁偉というと少し大袈裟で悪いが、いずれかというと、それに近い方で、とうてい細い筆などを握って、机の前で呻吟していそうもないから実は驚いたのである。しかしその上にも余を驚かしたのは君の音調である。白状すれば、もう少しは浮いてるだろうと思った。・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・しかしこの短い時間内に、こんな大袈裟な問題を片づけるのだから、無論完全な事を云うはずがない、不完全は無論不完全だが、あの度胸が感心だと賞めていただきたい。もっとも時間は幾らでも与えるから、もっと立派に言えと注文されても私の手際では覚束ないか・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・真似したとすれば、彼の文章の調子の最も消極的であるところだけが瑣末的な精密さや、議論癖、大袈裟な形容詞、独り合点などだけが、大きいボロのような重さで模倣者の文章にのしかかり、饐えた悪臭を発するに過ぎないであろう。 バルザックの文体を含味・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・結局物質的な実力を誇るしかなかったし、その一つの示威運動として妻や娘を飾り立てずにはおられなかったろうし、妻達もいわゆる大名方の夫人達に対抗して、庶民であるが故に大袈裟な物見遊山の行列もつくれるし、芝居見物も出来るし、贔屓役者と遊ぶことも出・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・私は、「少し大袈裟ではないこと? 何だか、何処まで本当にして好いかわからないようだけれども」と云った。それは皆同意見であった。少し号外の調子がセンセーショナルすぎることを感じたのであった。然し、どっち道、全市の電燈、瓦斯、水道が止っ・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・こう言って抜打ちに相役を大袈裟に切った。 小姓は静かに相役の胸の上にまたがって止めを刺して、乙名の小屋へ行って仔細を話した。「即座に死ぬるはずでござりましたが、ご不審もあろうかと存じまして」と、肌を脱いで切腹しようとした。乙名が「まず待・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・前に云った草平君の間柄だけなら、党派などと大袈裟に云うべきではあるまい。 七、朝日新聞に拠れる態度 朝日新聞の文芸欄にはいかにも一種の決まった調子がある。その調子は党派的態度とも言えば言われよう。スバルや三田文学がそろそ・・・ 森鴎外 「夏目漱石論」
出典:青空文庫