・・・ お千さんが莞爾して、塩煎餅を買うのに、昼夜帯を抽いたのが、安ものらしい、が、萌黄の金入。「食べながら歩行ましょう。」「弱虫だね。」 大通へ抜ける暗がりで、甘く、且つ香しく、皓歯でこなしたのを、口移し…… ・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・より小舟泛かべて城下に用を便ずるが佐伯近在の習慣なれば番匠川の河岸にはいつも渡船集いて乗るもの下りるもの、浦人は歌い山人はののしり、いと賑々しけれど今日は淋びしく、河面には漣たち灰色の雲の影落ちたり。大通いずれもさび、軒端暗く、往来絶え、石・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・女受けの秘訣色師たる者の具備すべき必要条件法制局の裁決に徴して明らかでござるとどこで聞いたか氏も分らぬ色道じまんを俊雄は心底歎服し満腹し小春お夏を両手の花と絵入新聞の標題を極め込んだれど実もってかの古大通の説くがごとくんば女は端からころりこ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・他の一筋は堤の尽きるところ、道哲の寺のあるあたりから田町へ下りて馬道へつづく大通である。電車のないその時分、廓へ通う人の最も繁く往復したのは、千束町二、三丁目の道であった。 この道は、堤を下ると左側には曲輪の側面、また非常門の見えたりす・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・その夜唖々子が運出した『通鑑綱目』五十幾巻は、わたしも共に手伝って、富士見町の大通から左へと一番町へ曲る角から二、三軒目に、篠田という軒燈を出した質屋の店先へかつぎ込まれた。 わたしがこの質屋の顧客となった来歴は家へ出入する車屋の女房に・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・物売や車の通るところは、この別天地では目貫きの大通であるらしい。こういう処には、衝立のような板が立ててあって、さし向いの家の窓と窓とが、互に見えないようにしてある。 わたくしは路地を右へ曲ったり、左へ折れたり、ひや合いを抜けたり、軒の下・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・十二月も早や二十日過ぎなので、電車の馳せ行く麹町の大通りには、松竹の注目飾り、鬼灯提灯、引幕、高張、幟や旗のさまざまが、汚れた瓦屋根と、新築した家の生々しい木の板とに対照して、少しの調和もない混乱をば、なお更無残に、三時過ぎの日光が斜めに眩・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ セメントの大通は大横川を越えた後、更に東の方に走って十間川を横切り砂町の空地に突き入っている。砂町は深川のはずれのさびしい町と同じく、わたくしが好んで蒹葭の間に寂寞を求めに行くところである。折があったら砂町の記をつくりたいと思っている・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・私は町の或る狭い横丁から、胎内めぐりのような路を通って、繁華な大通の中央へ出た。そこで目に映じた市街の印象は、非常に特殊な珍しいものであった。すべての軒並の商店や建築物は、美術的に変った風情で意匠され、かつ町全体としての集合美を構成していた・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 電車が途絶えた折からで、からりとした夜の大通りの上に赤青の信号燈が閃き、普段の夜のとおり明るい事務所の内で執務している従業員の姿が外から見えた。何心なく行くと、引込線の通った車庫のわきに一寸した空地のような場処がある。その叢の物かげに・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
出典:青空文庫