・・・とでもいっておいて大過ないであろう。かくてなお不幸にして一つの結合に破れたからといって絶望すべきではない。人生にはなお広い運命と癒す歳月とがあるからである。 ある有名な日本の女流作家の如きは幾度も離合をくりかえしてそのたびごとに成長した・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ 井伏さんも酔わず、私も酔わず、浅く呑んで、どうやら大過なく、引き上げたことだけはたしかである。 井伏さんと早稲田界隈。私には、怪談みたいに思われる。 井伏さんも、その日、よっぽど当惑した御様子で、私と一緒に省線で帰り、阿佐ヶ谷・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・れた振りして、平気で嘘を言い、それを取調べる検事も亦、そこのところを見抜いていながら、その追究を大人気ないものとして放棄し、とにかく話の筋が通って居れば、それで役所の書類作成に支障は無し、自分の勤めも大過無し、正義よりも真実よりも自分の職業・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・私はわけのわからぬ言葉を発して、携帯の風呂敷包を下駄箱の上に置き、素早くほどいて紋附羽織を取出し、着て来た黒い羽織と着換えたところまでは、まずまず大過なかったのであるが、それからが、いけなかった。立ったまま、紺足袋を脱いで、白足袋にはき換え・・・ 太宰治 「佳日」
・・・伺って、おとなしい素直な、いい子という事になって、せっせとお手本の四君子やら、ほてい様やら、朝日に鶴、田子の浦の富士などを勉強いたし、まだまだ私は駄目ですと殊勝らしく言って溜息をついてみせて、もっぱら大過なからん事を期しているというような状・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・先を敬するの念厚く、亡父の命日にはお墓の掃除などして、大学の卒業証書は金色の額縁にいれて母の寝間の壁に飾り、まことにこれ父母に孝、兄弟には友ならず、朋友は相信ぜず、お役所に勤めても、ただもうわが身分の大過無きを期し、ひとを憎まず愛さず、にこ・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・ と、そこまでは、まず大過なかったのであるが、「けれども」と続けて一枚くらい書きかけ、これあいけないと、あわてて破った。もう、そのすぐ次に、うかと大事をもらすところであったのである。 一つ、書きたい短篇小説があるのである。そいつを書・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・なる小説は、ほとんど事実そのままと断じても大過ないかと思われる。私は、おのれの意気地の無い日常をかえりみて、つくづく恥ずかしく淋しく思った。かなわぬまでも、やってみたらどうだ。お前にも憎い敵が二人や三人あった筈ではないか。しかるに、お前はい・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・すべて、みな、この憂さに沈むことの害毒を人一倍知れる心弱くやさしき者の自衛手段と解して大過なかるべし。われ、事に於いて後悔せず、との菊池氏の金看板の楯の弱さにも、ふと気づいて、地上の王者へ、無言で一杯のミルクささげてやって呉れる決意ついたら・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
出典:青空文庫