・・・の傍人跡あまり繁からざる大道の横手馬乗場へと余を拉し去る、しかして後「さあここで乗って見たまえ」という、いよいよ降参人の降参人たる本領を発揮せざるを得ざるに至った、ああ悲夫、 乗って見たまえとはすでに知己の語にあらず、その昔本国にあって・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・この獄に繋がれたる人もまたこの大道に従って生きねばならなかった。同時に彼らは死ぬべき運命を眼前に控えておった。いかにせば生き延びらるるだろうかとは時々刻々彼らの胸裏に起る疑問であった。ひとたびこの室に入るものは必ず死ぬ。生きて天日を再び見た・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・彼女の、コムパスは酔眼朦朧たるものであり、彼女の足は蹌々踉々として、天下の大道を横行闊歩したのだ。 素面の者は、質の悪い酔っ払いには相手になっていられない。皆が除けて通るのであった。 彼女は、瀬戸内海を傍若無人に通り抜けた。――尤も・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・Rue de la Faisanderie の大道は広々と目の下に見えていて、人通りは少い。ロンドンの上流社会の住んでいる市区によくこんな立派な、幅の広い町があるが、ここの通りはそれに似ている。 ピエエル・オオビュルナンは良久しく物を案・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・「大道めぐり、大道めぐり」 一生けん命、こう叫びながら、ちょうど十人の子供らが、両手をつないでまるくなり、ぐるぐるぐるぐる座敷のなかをまわっていました。どの子もみんな、そのうちのお振舞によばれて来たのです。 ぐるぐるぐるぐる・・・ 宮沢賢治 「ざしき童子のはなし」
・・・ ソヴェトの五箇年計画は、どんなにソヴェト同盟内の社会生活を飛躍させたか、生産における社会主義的前進が、ソヴェトの一般芸術をどんな力で、強固なプロレタリア・リアリズムの大道へ据えつける結果となったか。それ等について、ホントに知りたい読者・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・その各時代がそれを正しく発表していると同様に、自分がその大道の一期間に正しい生活をすれば、その中に新しい時代はあるわけです。その経過に於いては内的の発表を意識しないで、其時代を形造って来た人もあるでしょう。私共の祖母、母などは、私共が反省し・・・ 宮本百合子 「今日の女流作家と時代との交渉を論ず」
・・・ ―――――――――――――――――――― 魚玄機の生れた家は、長安の大道から横に曲がって行く小さい街にあった。所謂狭邪の地でどの家にも歌女を養っている。魚家もその倡家の一つである。玄機が詩を学びたいと言い出した・・・ 森鴎外 「魚玄機」
・・・この大きい車が大道せましと行く。これにつないである馬は骨格がたくましく、栄養がいい。それが車につながれたのを忘れたように、ゆるやかに行く。馬の口を取っている男は背の直い大男である。それが肥えた馬、大きい車の霊ででもあるように、大股に行く。こ・・・ 森鴎外 「空車」
・・・ヨーロッパが苦しみ疲れるのをあたかも自分の幸福であるがごとく感じている日本人は、やがて世界の大道のはるか後方に取り残された自分を発見するだろう。それはのんきな日本人が当然に受くべき罰である。 我々はこの際他人の不幸を喜ぶような卑しい快活・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫