・・・ 二人は目を見合わせて吹き出した。大門を出てから、ある安料埋店で朝酒を飲み、それから向島の百花園へ行こうということに定まったが、僕は千束町へ寄って見たくなったので、まず、その方へまわることにした。 僕は友人を連れて復讐に出かけるよう・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ その頃、見返柳の立っていた大門外の堤に佇立んで、東の方を見渡すと、地方今戸町の低い人家の屋根を越して、田圃のかなたに小塚ッ原の女郎屋の裏手が見え、堤の直ぐ下には屠牛場や元結の製造場などがあって、山谷堀へつづく一条の溝渠が横わっていた。・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・三十幾年のむかし、洲崎の遊里に留連したころ、大門前から堀割に沿うて東の方へ行くとすぐに砂村の海辺に出るのだという事を聞いて、漫歩したことがあったが、今日記憶に残っているのは、蒹葭の唯果も知らず生茂った間から白帆と鴎の飛ぶのを見た景色ばかりで・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・不夜城を誇り顔の電気燈にも、霜枯れ三月の淋しさは免れず、大門から水道尻まで、茶屋の二階に甲走ッた声のさざめきも聞えぬ。 明後日が初酉の十一月八日、今年はやや温暖かく小袖を三枚重襲るほどにもないが、夜が深けてはさすがに初冬の寒気が身に浸み・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・その大門をくぐれば、武士も町人も同等な男となって、太夫の選択にうけみでなければならない廓のしきたりがつくられたのも、町人がせめても金の力で、人間平等の領域を保とうとしたことによった。大名生活を競って手のこんだ粉飾と礼儀と華美をかさねたその場・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ 知人の中には、大門をひかえ、近所の出入りにも車にのり、いつも切れる様な仕立て下しの物ばかりを身につけて居ながら、月末には正玄関から借金取りがキッキとやって来る様な、栄蔵には判断のつきかねる様な、二重にも、三重にも裏打った生活をして居る・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・黒い木の大門が立っている。衝立のある正面の大玄関、敷つめた大粒な砂利。細い竹で仕切った枯れた花壇の傍の小使部屋では、黒い法被を着、白い緒の草履を穿いた男が、背中を丸めて何かしている。奥の方の、古臭いボンボン時計。――私は、通りすがりに一寸見・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・「三光寺行く 大門のさきで ほととぎすが鳴く」 愛情の種々 ○性的生活に於て 能動的なものの被動的なものに対して感ずる愛情。 ○能動的な立場のものは 自分によってあのように燃え 情を発し、夢中になるものが可愛・・・ 宮本百合子 「一九二七年八月より」
・・・遂にこの扉の開かれる日が来ました、という言葉とともに、しずかに、ひろく一杯に刑務所の大門が開いた。急にカメラの角度がかわって、ひろ子たちの方へのしかかって来るように、その門の中からスクラムを組み、旗をかざし、解放された同志たちを先頭にした大・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・勿論柱はただ一本だけであって、これに張るのと、大門町の石垣に張る位より外に、広告の必要はない土地なのだから、印刷したものより書いたものの方が多い。画だっても、巴里の町で見る affiche のように気の利いたのはない。しかし兎に角広告柱があ・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫