・・・そして背を屈めて立った処は、鴻の鳥が寝ているとしか思われぬ。」「ええ、もう傘のお化がとんぼを切った形なんでございますよ。」「芬とえた村へ入ったような臭がする、その爺、余り日南ぼッこを仕過ぎて逆上せたと思われる、大きな真鍮の耳掻を持っ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・なくなく買わずにまた五六町すぎて、さても旅は悲しき者とおもいしりぬ。鴻雁翔天の翼あれども栩々の捷なく、丈夫千里の才あって里閭に栄少し、十銭時にあわず銅貨にいやしめらるなぞと、むずかしき愚痴の出所はこんな者とお気が付かれたり。ようやくある家に・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・鷹を放つ者は鶴を獲たり鴻を獲たりして喜ぼうと思って郊外に出るのであるが、実は沼沢林藪の間を徐ろに行くその一歩一歩が何ともいえず楽しく喜ばしくて、歩に喜びを味わっているのである。何事でも目的を達し意を遂げるのばかりを楽しいと思う中は、まだまだ・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・我は我が蒙りたる黙示の鴻大なるによりて高ぶることの莫からんために肉体に一つの刺を与えらる。即ち高ぶること莫からんために我を撃つサタンの使なり。われ之がために三度まで之を去らしめ給わんことを主に求めたるに、言いたまう、「わが恩恵なんじに足れり・・・ 太宰治 「パウロの混乱」
・・・蕪村の句の理想と思しきものを挙ぐれば河童の恋する宿や夏の月湖へ富士を戻すや五月雨名月や兎のわたる諏訪の湖指南車を胡地に引き去る霞かな滝口に燈を呼ぶ声や春の雨白梅や墨芳ばしき鴻臚館宗鑑に葛水たまふ大臣かな実・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫