・・・この大雪の中に。 二 流るる水とともに、武生は女のうつくしい処だと、昔から人が言うのであります。就中、蔦屋――その旅館の――お米さんと言えば、国々評判なのでありました。 まだ汽車の通じない時分の事。……「・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ それが大雪のために進行が続けられなくなって、晩方武生駅(越前へ留ったのです。強いて一町場ぐらいは前進出来ない事はない。が、そうすると、深山の小駅ですから、旅舎にも食料にも、乗客に対する設備が不足で、危険であるからとの事でありました。・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ その年の暮れ、大雪が降って寒い晩に、からすは一つの厩を見つけて、その戸口にきて、うす暗い内をうかがい、一夜の宿を求めようと入りました。するとそこには白と黒のぶちの肥った牛がねていました。「おまえは、いつかのからすじゃないか。あのと・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・地の上には、二、三日前に降った大雪がまだ消えずに残っていました。空には、きらきらと星が、すごい雲間に輝いていました。 ここに憐れな年とった按摩がありました。毎晩のように、つえをついて、笛を鳴らしながら、町の中を歩いたのでした。按摩は、坂・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・ 村の松の木の片方の枝は、冬、大雪が降ったときに折れたものでした。旅人は、なつかしそうに、ひじょうにそれとよく姿の似ている、松の木の下にきて休みました。木の影は、こうして慕い寄った旅人をいこわせるには十分でありました。目の前には、いろい・・・ 小川未明 「曠野」
・・・ 三 ある日、空は早春を告げ知らせるような大雪を降らした。 朝、寝床のなかで行一は雪解の滴がトタン屋根を忙しくたたくのを聞いた。 窓の戸を繰ると、あらたかな日の光が部屋一杯に射し込んだ。まぶしい世界だ。厚く雪・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・同十四日――「今朝大雪、葡萄棚堕ちぬ。 夜更けぬ。梢をわたる風の音遠く聞こゆ、ああこれ武蔵野の林より林をわたる冬の夜寒の凩なるかな。雪どけの滴声軒をめぐる」同二十日――「美しき朝。空は片雲なく、地は霜柱白銀のごとくきらめく。小鳥・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・あるいは寛喜、貞永とつづいて飢饉が起こって百姓途上にたおれ、大風洪水が鎌倉地方に起こって人畜を損じ、奥州には隕石が雨のごとく落ち、美濃には盛夏に大雪降り、あるいは鎌倉の殿中に怪鳥集まるといった状況であった。日蓮は世相のただならぬことを感じた・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・そのうちに思いがけない程の大雪がやって来た。戸を埋めた。北側の屋根には一尺ほども消えない雪が残った。鶏の声まで遠く聞えて、何となくすべてが引被らせられたように成った。灰色の空を通じて日が南の障子へ来ると、雪は光を含んでギラギラ輝く。軒から垂・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ ことしのお正月は、日本全国どこでもそのようでしたが、この地方も何十年振りかの大雪で、往来の電線に手がとどきそうになるほど雪が積り、庭木はへし折られ、塀は押し倒され、またぺしゃんこに潰された家などもあり、ほとんど大洪水みたいな被害で、連・・・ 太宰治 「嘘」
出典:青空文庫