・・・稲荷様のは狐色と申すではないけれども、大黒天のは黒く立ちます……気がいたすのでございます。少し茶色のだの、薄黄色だの、曇った浅黄がございましたり。 その燃えさしの香の立つ処を、睫毛を濃く、眉を開いて、目を恍惚と、何と、香を散らすまい、煙・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ 道二つに岐れて左の方に入れば、頻都廬、賽河原、地蔵尊、見る目、かぐ鼻、三途川の姥石、白髭明神、恵比須、三宝荒神、大黒天、弁才天、十五童子などいうものあり。およそ一町あまりにして途窮まりて後戻りし、一度旧の処に至りてまた右に進めば、幅二・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・曲書きのおじさん大黒天の耳を書く所。砂書きの御婆さん「へー有難う、もうソチラの方は御済になりましたかなー、もうありませんかなー。」へー有難うこれから当世白狐伝を御覧に入れる所なり。魔除鼠除けの呪文、さては唐竹割の術より小よりで箸を切る伝まで・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・ * 夕暮よりも薄暗い入梅の午後牛天神の森蔭に紫陽花の咲出る頃、または旅烏の啼き騒ぐ秋の夕方沢蔵稲荷の大榎の止む間もなく落葉する頃、私は散歩の杖を伝通院の門外なる大黒天の階に休めさせる。その度に堂内に安置された・・・ 永井荷風 「伝通院」
出典:青空文庫