・・・が、この時戸から洩れる蜘蛛の糸ほどの朧げな光が、天啓のように彼の眼を捉えた。陳は咄嗟に床へ這うと、ノッブの下にある鍵穴から、食い入るような視線を室内へ送った。 その刹那に陳の眼の前には、永久に呪わしい光景が開けた。………… 横浜・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・そしてそれらの考えがほとんど天啓ででもあるように強く明らかに、無条件に真であって、しかもいずれもが新しい卓見ででもあるように彼には思われた。新聞の三面記事を読んでいる時でさえ時々電光のひらめくようにそのような考えが浮かんだりした。そんな時に・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・この版画の油絵はたしかに一つの天啓、未知の世界から使者として一人の田舎少年の柴の戸ぼそにおとずれたようなものであったらしい。 当時は町の夜店に「のぞきからくり」がまだ幅をきかせていた時代である。小栗判官、頼光の大江山鬼退治、阿波の鳴戸、・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・教科書の問題を解くのでも、おみくじかなんかを引くように、できるもできないのも運次第のものででもあるかのように思っていた自分のような生徒たちには、先生のこの説は実に驚くべき天啓であり福音であった。なるほど少なくも書物にあるほどの問題なら、その・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・の愛読者であったところの明治二十年ごろの田舎の子供にこのライネケフックスのおとぎ話はけだし天啓の稲妻であった。可能の世界の限界が急に膨張して爆発してしまったようなものであったに相違ない。 やはりそのころ近所の年上の青年に仏語を教わろうと・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・の中に、「或る所まで行った人が或る本を読むと天啓にふれた様な気のする時はある。と云う事があったがそれは真理である。 偉大な人の作品に触れて感激出来るのは、その著者が彼の手と頭を以て表わした様々の精神作用の根元にさかのぼり・・・ 宮本百合子 「無題(四)」
出典:青空文庫