・・・ わたしの夢みている地上楽園はそう云う天然の温室ではない。同時に又そう云う学校を兼ねた食糧や衣服の配給所でもない。唯此処に住んでいれば、両親は子供の成人と共に必ず息を引取るのである。それから男女の兄弟はたとい悪人に生まれるにもしろ、莫迦・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・実は椰子の聳えたり、極楽鳥の囀ったりする、美しい天然の楽土だった。こういう楽土に生を享けた鬼は勿論平和を愛していた。いや、鬼というものは元来我々人間よりも享楽的に出来上った種族らしい。瘤取りの話に出て来る鬼は一晩中踊りを踊っている。一寸法師・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・しかもそう問い返した後で、婆は新蔵のひるんだ気色を見ると、黒い単衣の襟をぐいと抜いて、「いかにおぬしが揣ろうともの、人間の力には天然自然の限りがあるてや。悪あがきは思い止らっしゃれ。」と、猫撫声を出しましたが、急にもう一度大きな眼を仇白く見・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・めった、人の目につかんでしゅから、山根の潮の差引きに、隠れたり、出たりして、凸凹凸凹凸凹と、累って敷く礁を削り廻しに、漁師が、天然の生簀、生船がまえにして、魚を貯えて置くでしゅが、鯛も鰈も、梅雨じけで見えんでしゅ。……掬い残りの小こい鰯子が・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・またどんな仔細がないとも限らぬが、少しも気遣はない、無理に助けられたと思うと気が揉めるわ、自然天然と活返ったとこうするだ。可いか、活返ったら夢と思って、目が覚めたら、」といいかけて、品のある涼しい目をまた凝視め、「これさ、もう夜があけた・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ありゃもう自然、天然と雲上になったんだな。どうして下界のやつばらが真似ようたってできるものか」「ひどくいうな」「ほんのこったがわっしゃそれご存じのとおり、北廓を三年が間、金毘羅様に断ったというもんだ。ところが、なんのこたあない。肌守・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・もしユトランドの荒地がサハラの沙漠のごときものでありましたならば問題ははるかに容易であったのであります。天然の沙漠は水をさえこれに灑ぐを得ばそれでじきに沃土となるのであります。しかし人間の無謀と怠慢とになりし沙漠はこれを恢復するにもっとも難・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・この天然と生命との機微を無視するキリスト教的、人道主義は、簡単に、一夫一婦の厳守を強制するのみで、その無理に気がつかない。それは夫婦というものが、人間という生きもののかりのきめであることを忘れるからである。この天与の性的要求の自由性と、人間・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・「名のめでたきは日本第一なり、日は東より出でて西を照らす。天然の理、誰かこの理をやぶらんや」といい、「わが日本国は月氏漢土にも越え、八万の国にも勝れたる国ぞかし」ともいった。「光は東方より」の大精神はすでに彼においてあり、彼は日本主義の先駆・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 住民は、天然の地勢によって山間に閉めこまれているのみならず、トロッコ路へ出るには、必ず、巡査上りの門鑑に声をかけなければならなかった。その上、門鑑から外へ出て行くことは、上から睨まれるもとだった。 門鑑は、外から這入って来る者に対・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
出典:青空文庫