・・・と、鮹が真前にちょろちょろと松の木の天辺へ這って、脚をぶらりと、「藤の花とはどうだの、下り藤、上り藤。」と縮んだり伸びたり。 烏賊が枝へ上って、鰭を張った。「印半纏見てくんねえ。……鳶職のもの、鳶職のもの。」 そこで、蛤が貝・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・余はすでに倫敦の塵と音を遥かの下界に残して五重の塔の天辺に独坐するような気分がしているのに耳の元で「上りましょう」という催促を受けたから、まだ上があるのかなと不思議に思った。さあ上ろうと同意する。上れば上るほど怪しい心持が起りそうであるから・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
西暦一千九百二年秋忘月忘日白旗を寝室の窓に翻えして下宿の婆さんに降を乞うや否や、婆さんは二十貫目の体躯を三階の天辺まで運び上げにかかる、運び上げるというべきを上げにかかると申すは手間のかかるを形容せんためなり、階段を上るこ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・女といっしょに草の上を歩いて行くと、急に絶壁の天辺へ出た。その時女が庄太郎に、ここから飛び込んで御覧なさいと云った。底を覗いて見ると、切岸は見えるが底は見えない。庄太郎はまたパナマの帽子を脱いで再三辞退した。すると女が、もし思い切って飛び込・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・ 空がよく晴れて十三日の月がその天辺にかかりました。小吉が門を出ようとしてふと足もとを見ますと門の横の田の畔に疫病除けの「源の大将」が立っていました。 それは竹へ半紙を一枚はりつけて大きな顔を書いたものです。 その「源の大将」が・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・そこへ、今日は、モスクワでは珍しい日本女まで混えた大群集が六階の天辺のバルコニーまで、チェホフの「桜の園」を観ようとつめかけた。 棧敷の内張も暗紅色、幾百の座席も暗紅色。その上すべての繰形に金が塗ってあるからけばけばしい、重いバルコニー・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ もう一人の男は立ち止ってゴーリキイの頭の天辺から足の先までじろじろと眺め、やり過してから夢中になって云った。「えい! 畜生ゴム靴をはいてやがら!」 一般のゴーリキイに対する熱中が高まるにつれ、その影響をおそれる側からの迫害がは・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
出典:青空文庫