・・・まして光をうけている部分は、融けるような鼈甲色の光沢を帯びて、どこの山脈にも見られない、美しい弓なりの曲線を、遥な天際に描いている。…… 楊は驚嘆の眼を見開いて、この美しい山の姿を眺めた。が、その山が彼の細君の乳の一つだと云う事を知った・・・ 芥川竜之介 「女体」
・・・ 紫玉のみはった瞳には、確に天際の僻辺に、美女の掌に似た、白山は、白く清く映ったのである。 毛筋ほどの雲も見えぬ。 雨乞の雨は、いずれも後刻の事にして、そのまま壇を降ったらば無事だったろう。ところが、遠雷の音でも聞かすか、暗転に・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・朝の天気はまんまるな天際の四方に白雲を静めて、洞のごとき蒼空はあたかも予ら四人を中心としてこの磯辺をおおうている。単純な景色といわば、九十九里の浜くらい単純な景色はなかろう。山も見えず川も見えずもちろん磯には石ころもない。ただただ大地を両断・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・鵡の洲、対岸には黄鶴楼の聳えるあり、長江をへだてて晴川閣と何事か昔を語り合い、帆影点々といそがしげに江上を往来し、更にすすめば大別山の高峰眼下にあり、麓には水漫々の月湖ひろがり、更に北方には漢水蜿蜒と天際に流れ、東洋のヴェニス一眸の中に収り・・・ 太宰治 「竹青」
出典:青空文庫