・・・旧記の記者の語を借りれば、「頭身の毛も太る」ように感じたのである。すると老婆は、松の木片を、床板の間に挿して、それから、今まで眺めていた死骸の首に両手をかけると、丁度、猿の親が猿の子の虱をとるように、その長い髪の毛を一本ずつ抜きはじめた。髪・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・ 或る時、その頃私は痩せていたので、ドウしたら肥るだろうと訊くと、「それは容易い事だ。毎日一度大飯を喰って、日比谷の原を早足で三遍も廻れば直き肥る。それには牛肉で飯を喰うのが一番だ。肉が営養があるというわけではないので、食慾を刺戟す・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・大工のせがれがショパンにあこがれ、だんだん横に太るばかりで、脚気を病み、顔は蟹の甲羅の如く真四角、髪の毛は、海の風に靡かすどころか、頭のてっぺんが禿げて来ました。そうして一合の晩酌で大きい顔を、でらでら油光りさせて、老妻にいやらしくかまって・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ふだんの五倍も十倍も押し込む、それでちゃんと肥るのです、面白い位肥るのです。又犬の胃液の分泌や何かの工合を見るには犬の胸を切って胃の後部を露出して幽門の所を腸と離してゴム管に結ぶそして食物をやる、どうです犬は食べると思いますか食べないと思い・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
出典:青空文庫