・・・この月二十日の修善寺の、あの大師講の時ですがね、――お宅の傍の虎渓橋正面の寺の石段の真中へ――夥多い参詣だから、上下の仕切がつきましょう。」「いかにも。」「あれを青竹一本で渡したんですが、丈といい、その見事さ、かこみの太さといっちゃ・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・相当の稼ぎはあっただが、もうやがて、大師様が奥の院から修禅寺へお下りだ。――遠くの方で、ドーンドーンと、御輿の太鼓の音が聞えては、誰もこちとらに構い手はねえよ。庵を上げた見世物の、じゃ、じゃん、じゃんも、音を潜めただからね――橋をこっちへ、・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ 場所は――前記のは、桂川を上る、大師の奥の院へ行く本道と、渓流を隔てた、川堤の岐路だった。これは新停車場へ向って、ずっと滝の末ともいおう、瀬の下で、大仁通いの街道を傍へ入って、田畝の中を、小路へ幾つか畝りつつ上った途中であった。 ・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・禅宗の普覚大師ノ書であったときもあった。中山みき子の『みかぐら歌』であったときさえあるのである。 かような時期においては反復熟読して暗記するばかりに読み味わうべきものである。 一度通読しては二度と手にとらぬ書物のみ書庫にみつることは・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・菅笠をかむり、杖をつき、お札ばさみを頸から前にかけ、リンを鳴らして、南無大師遍照金剛を口ずさみながら霊場から霊場をめぐりあるく。 この島四国めぐりは、霊験あらたかであると云い伝えられている。 苦行をしてめぐっているうちに盲目の眼があ・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・ 村の年寄りが、山の小さい桐の樹を一本伐られたといって目に角立てゝ盗んだ者をせんさくしてまわったり、霜月の大師詣りを、大切な行かねばならぬことのようにして詣るのをいゝ年をしてまるで子供のようにと思って眺めていたが、私にも年寄りの気持がい・・・ 黒島伝治 「四季とその折々」
・・・(南無大師遍照金剛というのを繰返し繰返し唱えたことも想い出す。考えてみるとそれはもう五十年の昔である。 三十年ほど前にはH博士の助手として、大湯間歇泉の物理的調査に来て一週間くらい滞在した。一昼夜に五、六回の噴出を、色々な器械を使って観・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・ 江北橋の北詰には川口と北千住の間を往復する乗合自動車と、また西新井の大師と王子の間を往復する乗合自動車とが互に行き交っている。六阿弥陀と大師堂へ行く道しるべの古い石が残っている。葭簀張りの休茶屋もある。千住へ行く乗合自動車は北側の堤防・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・昔、融禅師がまだ牛頭山の北巌に棲んでいた時には、色々の鳥が花を啣んで供養したが、四祖大師に参じてから鳥が花を啣んで来なくなったという話を聞いたことがある。宗教の智は智その者を知り、宗教の徳は徳その者を用いるのである。三角形の幾何学的性質を究・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・という未来の大願を成就したい、と思うて、処々経めぐりながら終に四国へ渡った、ここには八十八個所の霊場のある処で、一個所参れば一人喰い殺した罪が亡びる、二個所参れば二人喰い殺した罪が亡びるようにと、南無大師遍照金剛と吠えながら駈け廻った、八十・・・ 正岡子規 「犬」
出典:青空文庫