・・・したから、これから怨念が顕れるのだと恐を懐くと、かねて聞いたとは様子が違い、これは掌へ三滴ばかり仙女香を使う塩梅に、両の掌でぴたぴたと揉んで、肩から腕へ塗り附け、胸から腹へ塗り下げ、襟耳の裏、やがては太股、脹脛、足の爪先まで、隈なく塗り廻し・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・栗島は、いつまでも太股がブル/\慄えるのを止めることが出来なかった。軍刀は打ちおろされたのであった。 必死の、鋭い、号泣と叫喚が同時に、老人の全身から溢れた。それは、圧迫せられた意気の揚らない老人が発する声とはまるで反対な、力のある、反・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・乳のあたり、腰から太股のあたりが、カンテラの魔のような仄かな光に揺れて闇の中に浮び上っている。 そこには、女房や、娘や、婆さんがいた。市三より、三ツ年上のタエという娘もいた。 タエは、鉱車が軽いように、わざと少ししか鉱石を入れなかっ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・あいたたた。太股ふッつりのお身替りなざア、ちとありがた過ぎる方だぜ。この上臂突きにされて、ぐりぐりでも極められりゃア、世話アねえ。復讐がこわいから、覚えてるがいい」「だッて、あんまり憎らしいんだもの」と、吉里は平田を見て、「平田さん、お・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・と叫んで、前髪の七之丞が電光のごとくに飛んで出て、又七郎の太股をついた。入懇の弥五兵衛に深手を負わせて、覚えず気が弛んでいたので、手錬の又七郎も少年の手にかかったのである。又七郎は槍を棄ててその場に倒れた。 数馬は門内に入って人数を屋敷・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・扁平な漁場では、銅色の壮烈な太股が、林のように並んでいた。彼らは折からの鰹が着くと飛沫を上げて海の中へ馳け込んだ。子供たちは砂浜で、ぶるぶる慄える海月を攫んで投げつけ合った。舟から樽が、太股が、鮪と鯛と鰹が海の色に輝きながら溌溂と上って来た・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫