・・・と繰りかえしたところが、お前が編笠をいじりながら、突然奇妙な顔をして、「お前片方の眼どうした? 神経痛にでもなったのか?」と云ったので、弟は吹き出すわけにも行かず、そうだとも云えず、とても困ったそうだ。――その手紙を弟から貰って、こっちでは・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・いかにも奇妙な顔の、小さい犬を一匹だいている。 ふたりは、こんな話をした。 ――御幸福? ――ああ、仕合せだ。おまえがいなくなってから、すべてが、よろしく、すべてが、つまり、おのぞみどおりだ。 ――ちぇっ、若いのをおもらいに・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・の兄が、その夏に、東京の同人雑誌なるものを、三十種類くらい持って来て、そうしてその頃はやりの、突如活字を大きくしたり、またわざと活字をさかさにしたり、謂わば絵画的手法とでもいったようなものを取りいれた奇妙な作品に、やたらに興じて、「これから・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ ガラガラ蛇が横ばいをするのも奇妙である。普通の蛇ではこんな芸当はできないのではないかと思う。これができるとできないとで決闘の際に大きなハンディキャップの開きがありそうである。運動の「自由度」が一つ増すからである。 ペリカンのひなが・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・という奇妙な映画で、台湾の物産会社の東京支店の支配人が、上京した社長をこれから迎えるというので事務室で事務成績報告の予行演習をやるところがある。自分の椅子に社長をすわらせたつもりにして、その前に帳簿を並べて説明とお世辞の予習をする。それが大・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・珍々先生はこんな事を考えるのでもなく考えながら、多年の食道楽のために病的過敏となった舌の先で、苦味いとも辛いとも酸いとも、到底一言ではいい現し方のないこの奇妙な食物の味を吟味して楽しむにつけ、国の東西時の古今を論ぜず文明の極致に沈湎した人間・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 明治の開化期、日本にはじめて新聞が発刊された時分、それはどんなに新鮮な空気をあたりに息吹かせながら、封建と開化とが奇妙にいりまじって錯雑した当時の輿論を指導したことだったろう。論説を書いた人々は社会の木鐸であるというその時分愛好された・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・ 女らしさ、などという表現は、雨について雨らしさ、というのが奇妙であるように、いわば奇妙なものだと思う。社会が進んで万葉集の時代の条件とは全く異りつつしかも自然な合理性の上に自由に女の生活が営まれるようになった場合、はたして女らしさとい・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・しかし奇妙な歓びが彼の全身を捕えて動かさせなかった。それが地獄の劫火に焚かるべき罪であろうとも、彼はその艶美な肌の魅力を斥けることができない。そこに新しい深い世界が展開せられている。魂を悪魔に売るともこの世界に住むことは望ましい。 それ・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・ニコライ・スタフロオギンが自ら企てずして得た奇妙な天真の力は、あたかも「無」の内に「すべて」を見る禅の悟りのように、たくまず努めず自ら意識することもなくして、しかも彼に触れるすべての人に異様な圧力を与える。まるで人々の間に「狂気」をふりまい・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫