・・・また常子夫人の発見したる忍野氏の日記に徴するも、氏は常に奇怪なる恐迫観念を有したるが如し。然れども吾人の問わんと欲するは忍野氏の病名如何にあらず。常子夫人の夫たる忍野氏の責任如何にあり。「それわが金甌無欠の国体は家族主義の上に立つものな・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・どうして、この創造的精力の奇怪な作用を、可能視なさる事が出来ましょう。それほど、私が閣下の御留意を請いたいと思う事実には不可思議な性質が加わっているのでございます。ですから、私は以上のお願いを敢て致しました。猶これから書く事も、あるいは冗漫・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・死を宣告される前のような、奇怪な不安と沈静とが交る交る襲って来た。不安が沈静に代る度にクララの眼には涙が湧き上った。クララの処女らしい体は蘆の葉のように細かくおののいていた。光りのようなその髪もまた細かに震えた。クララの手は自らアグネスの手・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・破壊ということに対して人間の抱いている奇怪な興味。小さいながらその光景は、そうした興味をそそり立てるだけの力を持っていた。もっと激しく、ありったけの瓶が一度に地面に散らばり出て、ある限りが粉微塵になりでもすれば…… はたしてそれが来た。・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・ 明くるを待ちて主翁に会し、就きて昨夜の奇怪を問われよ。主翁は黙して語らざるべし。再び聞かれよ、強いられよ、なお強いられよ。主翁は拒むことあたわずして、愁然としてその実を語るべきなり。 聞くのみにてはあき足らざらんか、主翁に請いて一・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・へい、それが間に合いませんので……火を引いたあとなもんでなあ――何の怨みか知らないが、こうなると冷遇を通り越して奇怪である。なまじ紹介状があるだけに、喧嘩面で、宿を替えるとも言われない。前世の業と断念めて、せめて近所で、蕎麦か饂飩の御都合は・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ この一夜の歓楽が満都を羨殺し笑殺し苦殺した数日の後、この夜、某の大臣が名状すべからざる侮辱を某の貴夫人に加えたという奇怪な風説が忽ち帝都を騒がした。続いて新聞の三面子は仔細ありげな報道を伝えた。この夜、猿芝居が終って賓客が散じた頃、鹿・・・ 内田魯庵 「四十年前」
書かれている事件が人を驚かすのでない。そのことは、ちょうど私達が活動写真を見るようなものであります。奇怪な事件が重なり合っているような場合であっても見ている時は成程、其れによって、いろ/\なことを想像したりまた感興を惹かれたりしても、・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・時に、重々として、厚さを加え、やがては、奇怪な山嶽のように雄偉な姿を大空に擡げて、下界を俯瞰する。しからざれば陰惨な光景を呈して灰白色となり、暗黒色となり、雷鳴を起し、電光を発し、風を呼び、雨をみなぎらせるのであるが、そのはじめに於て、千変・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・ 寮生はすべて丸刈りたるべしという規則は、私にとっては奇怪な規則であった。私は何故こんな規則が出来たのだろうかと、暫く思案したが、よく判らなかった。そこで私は、もしかしたらこれは、長髪の生徒の中には社会主義の思想を抱いている者が多いから・・・ 織田作之助 「髪」
出典:青空文庫