・・・ 兵士たちは、自分が労働者の出身であり、農民の出身でありながら、軍隊に這入ると、武器を使うことを習って、自分たちの敵である資本家や地主のために奉仕しなければならない。自分の同志や、親爺や兄弟に向って銃口をさしむけることを強いられる。・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・心が派手で、誰とでもすぐ友達になり、一生懸命に奉仕して、捨てられる。それが、趣味である。憂愁、寂寥の感を、ひそかに楽しむのである。けれどもいちど、同じ課に勤務している若い官吏に夢中になり、そうして、やはり捨てられたときには、そのときだけは、・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・自分では、もっとも、おいしい奉仕のつもりでいるのだが、人はそれに気づかず、太宰という作家も、このごろは軽薄である、面白さだけで読者を釣る、すこぶる安易、と私をさげすむ。 人間が、人間に奉仕するというのは、悪い事であろうか。もったいぶって・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・こんな男は、自分をあらわに罵る人に心服し奉仕し、自分を優しくいたわる人には、えらく威張って蹴散らして、そうしてすましているものである。男爵は、けれども、その夜は、流石に自分の故郷のことなど思い出され、床の中で転輾した。 ――私は、やっぱ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・をお引き受け申し、きらいのお方なれば、たとえ御主人筋にても、かほどの世話はごめんにて、私のみに非ず、菊子姉上様も、貴方へのお世話のため、御嫁先の立場も困ることあるべしと存じられ候ところも、むりしての御奉仕ゆえ、本日かぎりよそからの借銭は必ず・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・芸術の美は所詮、市民への奉仕の美である。このかなしいあきらめを、フロオベエルは知らなかったしモオパスサンは知っていた。フロオベエルはおのれの処女作、聖アントワンヌの誘惑に対する不評判の屈辱をそそごうとして、一生を棒にふった。所謂刳磔の苦労を・・・ 太宰治 「逆行」
・・・僕は、君が僕に献身的に奉仕しなければもう船橋の大本教に行かぬつもりだ。僕たち、二三の友人、つね日頃、どんなに君につくして居るか。どれだけこらえてゆずってやって居るか。どれだけ苦しいお金を使って居るか。きょうの君には、それら実相を知らせてあげ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・してお聞かせすればいいのかも知れないが、そんな事に努力を傾注していると、君たちからイヤな色気を示されたりして、太宰もサロンに迎えられ、むざんやミイラにされてしまうおそれが多分にあるので、私はこれ以上の奉仕はごめんこうむる。なあに、いいやつに・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・死ぬるが生きるのである、殺さるるとも殺してはならぬ、犠牲となるが奉仕の道である。――人格を重んぜねばならぬ。負わさるる名は何でもいい。事業の成績は必ずしも問うところでない。最後の審判は我々が最も奥深いものによって定まるのである。これを陛下に・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・お前が作った車、お前に奉仕した車が、終に、車までがおまえの意のままにはならなくなってしまうんだ。 だが、今は一切がお前のものだ。お前はまだ若い。英国を歩いていた時、ロシアを歩いていた時分は大分疲れていたように見えたが、海を渡って来てから・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
出典:青空文庫