・・・しかし体を売ったと云っても、何も昔風に一生奉公の約束をした訣ではありません。ただ何年かたって死んだ後、死体の解剖を許す代りに五百円の金を貰ったのです。いや、五百円の金を貰ったのではない、二百円は死後に受けとることにし、差し当りは契約書と引き・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・ それがウルスラ上人と一万一千の童貞少女が、「奉公の死」を遂げた話や、パトリック上人の浄罪界の話を経て、次第に今日の使徒行伝中の話となり、進んでは、ついに御主耶蘇基督が、ゴルゴダで十字架を負った時の話になった。丁度この話へ移る前に、上人・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・ それから矢部は彼の方に何か言いかけようとしたが、彼に対してさえ不快を感じたらしく、監督の方に向いて、「六年間只奉公してあげくの果てに痛くもない腹を探られたのは全くお初つだよ。私も今夜という今夜は、慾もへちまもなく腹を立てちゃった。・・・ 有島武郎 「親子」
・・・その娘は二、三年前から函館に出て松川の家に奉公していたのだ。父に似て細面の彼女は函館の生活に磨きをかけられて、この辺では際立って垢抜けがしていた。競馬に加わる若い者はその妙齢な娘の前で手柄を見せようと争った。他人の妾に目星をつけて何になると・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・あの木戸は、私が御奉公申しましてから、五年と申しますもの、お開け遊ばした事といっては一度もなかったのでございます。紳士 うむ、あれは開けるべき木戸ではないのじゃ。俺が覚えてからも、止むを得ん凶事で二度だけは開けんければならんじゃった。が・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・年紀少くて孀になりしが、摩耶の家に奉公するよし、予もかねて見知りたり。 目を見合せてさしむかいつ。予は何事もなく頷きぬ。 女はじっと予を瞻りしが、急にまた打笑えり。「どうもこれじゃあ密通をしようという顔じゃあないね。」「何を・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ 父は依然として朝飯夕飯のたびに、あんなやつを家へ置いては、世間へ外聞が悪い、早くどこかへ奉公にでもやってしまえという。母は気の弱い人だから、心におとよをかわいそうと思いながら、夫のいうことばに表立って逆らうことはできない。「おとよ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・その何番目かの娘のおらいというは神楽坂路考といわれた評判の美人であって、妙齢になって御殿奉公から下がると降るほどの縁談が申込まれた。淡島軽焼の笑名も美人の噂を聞いて申込んだ一人であった。 然るに六十何人の大家族を抱えた榎本は、表面は贅沢・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そのうちに、子供は大きくなったものですから、この村から程近い、町のある商家へ、奉公させられることになったのであります。 子供は、町にいってからも、西の山を見て恋しい母親の姿をながめました。村の人々は、その子供がいなくなってからも、雪が降・・・ 小川未明 「牛女」
・・・ そのとき、ちょうど都から、この村にきている質屋の主人が、「そんなら、私どものところへ連れてゆきますが、奉公によこしてくださらんか。」といいました。龍雄の両親は、幸いと思って、その主人に龍雄を頼んで、都へやることにしたのでありま・・・ 小川未明 「海へ」
出典:青空文庫