・・・ 伶人の奏楽一順して、ヒュウと簫の音の虚空に響く時、柳の葉にちらちらと緋の袴がかかった。 群集は波を揉んで動揺を打った。 あれに真白な足が、と疑う、緋の袴は一段、階に劃られて、二条の紅の霞を曳きつつ、上紫に下萌黄なる、蝶鳥の刺繍・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・きくのはあらしの唄でなく、ピアノの奏楽でした。この息詰まる空気の中で、木は、刻々に自分の生命の枯れてゆくのを感じながら、「見ぬうちは、みんながあこがれるが、おとぎばなしの世界はけっしてくるところでなく、ただ、きくだけのものだ。」と、しみじみ・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・ 奏楽堂の後へ出た頃、原は眺め入って、「しかし、お互いに年をとったね」 と言い出した。相川は笑って、「年をとった? 僕は今までそんなことを思ったことは無いよ」「そうかなあ」と原も微笑んで、「僕はある。一昨日も大学の柏木君・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・舞台の奥に奏楽者の席のあるのは能楽の場合も同様であるが、正面に立てた屏風は、あれが方式かもしれないが私の眼にはあまり渾然とした感じを与えない。むしろ借りて来たような気のするものである。 烏帽子直垂とでもいったような服装をした楽人達が色々・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ここから乗り込んだ青島守備隊の軍楽隊が艫の甲板で奏楽をやる。上のボートデッキでボーイと女船員が舞踊をやっていた。十三夜ぐらいかと思う月光の下に、黙って音も立てず、フワリフワリと空中に浮いてでもいるように。四月四日 日曜で早朝楽隊が賛・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・インターナショナルの高い奏楽と、空から祝いをふりまきつつ分列する飛行機のうなりがモスクワ市をみたした。 夜一時近く赤い広場は煌々たるイルミネーションと人出だ。朝から夕方までおびただしい人間の足の下にあった赤い広場の土はもうぽくぽくになっ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ 捲き上げるような拍手とインターナショナル第一節の奏楽が起った。演説が終ったのだ。演説者の小柄な婦人党員は水さしから一杯水をのみ、鎌と槌を様式化した演壇から議長のいるテーブルへかえって行った。 くつろぎが広間じゅうにひろがった。・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・の一際高い奏楽といっしょに、先ず先頭の赤旗が広場へ向って静かに繰り出した。 続いて、あっちの門からも! 合流して、十数万のプロレタリアートが前進する足音と音楽とは、夕暮近くまで赤い広場に響き渡った。 デモは日が暮れるまでに終った・・・ 宮本百合子 「勝利したプロレタリアのメーデー」
・・・ その時、遠く左手の狭い路の奥でインターナショナルの奏楽が聞えはじめた。 ソラ! デモがきた。わたしはかならず、その音楽に相応して広場に先着しているデモの中からも湧くような歌が起るだろうと思った。ところが、ほんの一節聞えただけで、音・・・ 宮本百合子 「ワルシャワのメーデー」
出典:青空文庫