・・・長男の家族的な負担の重さは、長男という身分に生れあわせた青年達の自由さと身軽さと自分で選ぶ人生の道を奪う場合が多い。同じ男の子でも、次男、三男は長男の犠牲となる場合が多かった。戦争で長男が奪われた時などは、これまでどうせ、分家をするものだと・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・ 湧出道を奪うためにはあらゆる悪辣なことを平気でやりあった。従って汲出櫓一台当りその頃は二年間で二十五万留ぐらいの成績しか挙げられなかった。現在では一台が二ヵ月で八万留。二年にすれば凡そ九十六万留を掛取するようになったのだそうである。・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・こういう題材でヒロイズムは作品の人間らしさを奪う役にしか立たない。〔一九四八年一月〕 宮本百合子 「選評」
・・・ 言論の自由を奪うということは、ただそのときその人がいおうとしている意見をひっこめさせる役割を果すだけではない。思うことのいえない人間はだんだん無気力になり自分で判断しようともしない無責任になれて来る。社会的自主性のよわいひきまわされ放・・・ 宮本百合子 「地球はまわる」
・・・この席にいるだけのものは、皆博士が人の功を奪うような人でないことを知っている。それだから、皆博士のこの詞に信を置くのである。博士は再び無邪気らしい、短い笑声を洩して語り続けた。「あればかりではないよ。己の処へは己の思付を貰いに来る奴が沢・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・その二人の間の空気は死が現われて妻の眼を奪うまで、恐らく陽が輝けば明るくなり、陽が没すれば暗くなるに相違ない。二人にとって、時間は最早愛情では伸縮せず、ただ二人の眼と眼の空間に明暗を与える太陽の光線の変化となって、露骨に現われているだけにす・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・しかし我々は、彼らの手からその武器を奪う大いなる酒神の姿を何処で見たか。再び、彼らはその平和の殿堂で、その胎んだ醜き伝統の種子のために開戦するであろう。彼らの武器は、彼らのとるべき戦法は、彼らの戦闘の造った文化のために益々巧妙になるであろう・・・ 横光利一 「黙示のページ」
・・・しかし毎年春が来て、あの男の頭上の冠を奪うと、あの男は浅葱の前掛をして、人の靴を磨くのである。夏の生活は短い。明るい色の衣裳や、麦藁帽子や、笑声や、噂話はたちまちの間に閃き去って、夢の如くに消え失せる。秋の風が立つと、燕や、蝶や、散った花や・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・そうしてその瞬間にまた、極度に緊張した彼らの全心を奪うような烈しい身震いが、走りまた走る。彼らはおのずから頭を垂れ、おのずから合掌して、帰依したる者の空しい、しかし歓喜に充ちた心持ちで、その「偶像」を礼拝する。 それは確かに彼らにとって・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・に対する愛と信頼とを奪うためである。道を求むる人は必ず一度はこの試みに逢わねばならない。ファウストはこの誘惑を切り抜けて、社会と人間とを愛し続ける。そうしてドストイェフスキイは、この愛をもって人間を救済しようとするのである。彼の描くのは「個・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫