・・・そこへ見慣れぬ黒犬が一匹、突然猫を救いに駈けつけ、二十分に亘る奮闘の後、とうとうその大蛇を噛み殺した。しかしこのけなげな犬はどこかへ姿を隠したため、夫人は五千弗の賞金を懸け、犬の行方を求めている。 国民新聞。日本アルプス横断中、一時行方・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・これ他なし、幾十年もしくは幾百年幾千年の因襲的法則をもって個人の権能を束縛する社会に対して、我と我が天地を造らむとする人は、勢いまず奮闘の態度を採り侵略の行動に出なければならぬ。四囲の抑制ようやく烈しきにしたがってはついにこれに反逆し破壊す・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・濁水を冒して乳牛を引出し、身もその濁水に没入してはもはや水との争闘である。奮闘は目的を遂げて、牛は思うままに避難し得た。第一戦に勝利を得た心地である。 洪水の襲撃を受けて、失うところの大なるを悵恨するよりは、一方のかこみを打破った奮闘の・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・が、富は界隈に並ぶ者なく、妻は若くして美くしく、財福艶福が一時に集まったが、半世の奮闘の労れは功成り意満つると共に俄に健康の衰えを来した。加うるに艶妻が祟をなして二人の娘を挙げると間もなく歿したが、若い美くしい寡婦は賢にして能く婦道を守って・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・それよりは客扱い――髯の生えた七難かしい軍人でも、訳の解らない田舎の婆さんでも、一視同仁に手の中に丸め込む客扱いと、商売上の繰廻しをグングン押切って奮闘する勝気が必要なんだが、幸い人生の荒波の底を潜って活きた学問をして来た女がある」と、それ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・しかも、人が苦しみを経験し、若しくは苦痛を経験し、若しくは生活上の奮闘を余儀なくされている場合、社会の同情、博愛、慈善事業、宗教家等に依って救うということは何時まで経ってもその人間に本当の霊を見せずにしまうものである。極端なる苦痛は最後に確・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・私は直ちに生活に奮闘している人々だと考えた。何となればこんなに朝早くから起きているのを見ると、多くの人々がまだ安眠している時分にも、生活の為に働いているのであろうと感じたからであった。 私は新聞の問題よりも、此の方に多くの注意を惹いた。・・・ 小川未明 「ある日の午後」
・・・人間は、善美の理想に向って、克己奮闘する時こそ、進歩も向上も見られるけれど、雷同し、隷属化された時は、自分自身の行くべき道すら見失うものであります。 人生の進路も、生活の形態も、一元的に決定することはできないであろう。故に、一つの主義が・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・――この乱闘現場の情景を目撃してゐた一人、大和農産工業津田氏は重傷に屈せず検挙に挺身した同署員の奮闘ぶりを次のやうに語つた。――場所は梅田新道の電車道から少し入つた裏通りでした。一人の私服警官が粉煙草販売者を引致してゆく途中、小路か・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・例えば、志賀直哉の文学の影響から脱すべく純粋小説論をものして、日本の伝統小説の日常性に反抗して虚構と偶然を説き、小説は芸術にあらずという主張を持つ新しい長編小説に近代小説の思想性を獲得しようと奮闘した横光利一の野心が、ついに「旅愁」の後半に・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
出典:青空文庫