・・・「人を莫迦にするのも、好い加減におし。お前は私を何だと思っているのだえ。私はまだお前に欺される程、耄碌はしていない心算だよ。早速お前を父親へ返せ――警察の御役人じゃあるまいし、アグニの神がそんなことを御言いつけになってたまるものか」・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・が、露柴はうんとか、ええとか、好い加減な返事しかしてくれなかった。のみならず彼も中てられたのか、電燈の光に背きながら、わざと鳥打帽を目深にしていた。 保吉はやむを得ず風中や如丹と、食物の事などを話し合った。しかし話ははずまなかった。この・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・だからどうせ世の中は理想通りに行かないものだとあきらめて、好い加減な候補者で満足するさ。』と、世話を焼いた事があるのですが、三浦は反ってその度に、憐むような眼で私を眺めながら、『そのくらいなら何もこの年まで、僕は独身で通しはしない。』と、ま・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
久米は官能の鋭敏な田舎者です。 書くものばかりじゃありません。実生活上の趣味でも田舎者らしい所は沢山あります。それでいて官能だけは、好い加減な都会人より遥に鋭敏に出来上っています。嘘だと思ったら、久米の作品を読んでごら・・・ 芥川竜之介 「久米正雄氏の事」
・・・とか云ったらしかった。まだ頭のぼんやりしていた自分は「多加志が?」と好い加減に問い返した。「多加ちゃんが悪いんだよ。入院させなければならないんだとさ」自分は床の上に起き直った。きのうのきょうだけに意外な気がした。「Sさんは?」「先生ももう来・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・ただ父蟹の一生を例に、善は悪の異名であるなどと、好い加減な皮肉を並べている。三男の蟹は愚物だったから、蟹よりほかのものになれなかった。それが横這いに歩いていると、握り飯が一つ落ちていた。握り飯は彼の好物だった。彼は大きい鋏の先にこの獲物を拾・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・僕は好い加減な返事をしたきり、何ともその言葉に取り合わなかった。「うるさい。うるさい、黙って寝ろ。」 妻は僕の口真似をしながら、小声にくすくす笑っていた。が、しばらくたったと思うと、赤子の頭に鼻を押しつけ、いつかもう静かに寝入ってい・・・ 芥川竜之介 「死後」
・・・』『それどころじゃない、花道ばかりで何年とか費るそうだ』『好い加減にして幕をあけ給え』『だって君、何処まで行っても矢張青い壁なんだ』『戯言じゃないぜ』『戯言じゃないさ。そのうちに目が覚めたから夢も覚めて了ったんだ。ハッハ・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・日本の文人は好い加減な処で忽ち人生の見巧者となり通人となって了って、底力の無い声で咏嘆したり冷罵したり苦笑したりする。 小生は文学論をするツモリで無いから文学其物に就ては余り多くを云うを好まぬが、二十五年前には道楽であった文学が今日では・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・二葉亭も一つの文章論としては随分思切った放胆な議論をしていたが、率ざ自分が筆を執る段となると仮名遣いから手爾於波、漢字の正訛、熟語の撰択、若い文人が好い加減に創作した出鱈目の造語の詮索から句読の末までを一々精究して際限なく気にしていた。・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
出典:青空文庫