・・・ただ好い加減に頭の悪い事を低気圧と洒落ているんだろうぐらいに解釈していたが、後から聞けば実際の低気圧の事で、いやしくも低気圧の去らないうちは、君の頭は始終懊悩を離れないんだという事が分った。当時余も君の向うを張って来客謝絶の看板を懸けていた・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・我々文士からいっても、好い加減な選り好みをされた上に、生中もやし扱いにされるのはありがたいものではない。 現代の文士が述作の上において要求する所のものは、国家を代表する文芸委員諸君の注意や批判や評価だと思うのは、政府の己惚である。それら・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・もっともこの時間及びあとから御話をする空間と云うのは大分むずかしい問題で、哲学者に云わせると大変やかましいものでありますから、私のような粗末な考えを好い加減に云う時は、あまり御信じにならん方がよいかも知れませんが、――しかしあまり信じなくっ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・私は高等学校へ周旋してくれた先輩に半分承諾を与えながら、高等師範の方へも好い加減な挨拶をしてしまったので、事が変な具合にもつれてしまいました。もともと私が若いから手ぬかりやら、不行届がちで、とうとう自分に祟って来たと思えば仕方がありませんが・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・自分の箇性の傾向から必然に成って来た或る運命に真正面から打ち当って見ると、又、全心全身でぶつかって行かずには済まされないような大きな力を感じて見ると、好い加減と云うに近い諸々の概念は、皆真実の熱火に焼き尽されてしまう。 自分の生活や、人・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・ そんな時には好い加減きれいな人でも見っともなくなってしまうものだから、そんないやな様子を、人々に見つめられると云う事も堪えがたい事だ。 先ず先ず無事ですんでよかったとつくづく思う。 フト気が付いて見ると、その騒ぎの中に槇の木と・・・ 宮本百合子 「無題(三)」
・・・ 大人の、上手な、けれども嘘や好い加減を平気で混ぜた話よりも、少年の正直な、心からの言葉は如何那に人を動すでしょう。 少年は、その人前でもちっとも恥しがったりうじうじしないで、確かりと、白耳義の孤児を自分達が助けて上げなければならな・・・ 宮本百合子 「私の見た米国の少年」
・・・花房はそれを見て、父の平生を考えて見ると、自分が遠い向うに或物を望んで、目前の事を好い加減に済ませて行くのに反して、父はつまらない日常の事にも全幅の精神を傾注しているということに気が附いた。宿場の医者たるに安んじている父の rレジニアション・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・それは大学を卒業した頃から、西洋へ立つ時までの、何か物を案じていて、好い加減に人に応対していると云うような、沈黙勝な会話振が、定めてすっかり直って帰ったことと思っていたのに、帰った今もやはり立つ前と同じように思われたのである。 新橋へ著・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・真面目な人が跣足で下りて、あれかこれかと捜しているうちに、無頓着な人は好い加減なのを穿いて行く。中には横着で新しそうなのを選って穿く人もある。僕はしかたがないからなるべく跡まで待っていて、残った下駄を穿いたところが、歯の斜に踏み耗らされた、・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫