・・・考えて見るとわたしはお前さんの好きな色の着物ばかり着せられている。お前さんの好きな作者の書いた小説ばかり読ませられている。お前さんの好きなお数ばかり喰べさせられている。お前さんの好きな飲みものばかり飲ませられている。わたしはこんな風にチョコ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・何をするにでも、プラタプは仲間のあるのが好きでした。釣をしている時には、口を利かない友達に越したものはありません。プラタプは、スバーが黙っているので、大事にしました。そして、皆は彼女をスバーと呼ぶ代りに、自分丈はスと呼んで、親しい心持を表し・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
兄妹、五人あって、みんなロマンスが好きだった。長男は二十九歳。法学士である。ひとに接するとき、少し尊大ぶる悪癖があるけれども、これは彼自身の弱さを庇う鬼の面であって、まことは弱く、とても優しい。弟妹たちと映画を見にいって、これは駄作だ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・装飾品が大好きである。それはこの女には似合わしい事である。さてそんならその贈ものばかりで、人の自由になるかと云うと、そうではない。好きな人にでなくては靡かない。そしてきのう貰った高価の装飾品をでも、その贈主がきょう金に困ると云えば、平気で戻・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・八、九歳頃の彼はむしろ控え目で、あまり人好きのしない、独りぼっちの仲間外れの観があった。ただその頃から真と正義に対する極端な偏執が目に立った。それで人々は「馬鹿正直」という渾名を彼に与えた。この「馬鹿正直」を徹底させたものが今日の彼の仕事に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・「わたしはこの草の中から、月を見ているのが好きですよ」彼は彼自身のもっている唯一の詩的興趣を披瀝するように言った。「もっと暑くなると、この草が長く伸びましょう。その中に寝転んで、草の間から月を見ていると、それあいい気持ですぜ」 ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ 私は学校が好きだったから、このんで休んだわけではない。こんにゃくを売って、わずかの儲けでも、私の家のくらしのたすけにはなったからである。お父さんもお母さんもはたらき者だったが、私の家はひどく貧しかった。何故貧しかったのか、私は知らない・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・朝寝が好きで、髪を直すに時間を惜しまず、男を相手に卑陋な冗談をいって夜ふかしをするのが好きであるが、その割には世帯持がよく、借金のいい訳がなかなか巧い。年は二十五、六、この社会の女にしか見られないその浅黒い顔の色の、妙に滑っこく磨き込まれて・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・赤は煎餅が好きであった。赤に煎餅を食わせて居る太十の姿がよく村の駄菓子店に見えた。焼けの透らぬ堅い煎餅は犬には一度に二枚を噛ることは出来ない。顎が草臥れて畢うのである。唯欲し相にして然かも鼻をひくひくと動かす犬を見て太十は独で笑うのである。・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・子規は冷笑が好きな男であった。 若い坊さんが「御湯に御這入り」と云う。主人と居士は余が顫えているのを見兼て「公、まず這入れ」と云う。加茂の水の透き徹るなかに全身を浸けたときは歯の根が合わぬくらいであった。湯に入って顫えたものは古往今来た・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
出典:青空文庫