・・・それとも別に好む所があって、故意こんな誇張を加えたのであろうか。――私はこの画の前に立って、それから受ける感じを味うと共に、こう云う疑問もまた挟まずにはいられなかったのである。 しかしその画の中に恐しい力が潜んでいる事は、見ているに従っ・・・ 芥川竜之介 「沼地」
・・・若い人たちは多勢でにぎやかに仕事をすることを好むので、懇な間にはよく行なわれる事である。 隣から三人、家のものが五人、都合八人だが、兄は稲を揚げる方へ回るから刈り手は七人、一人で五百把ずつ刈れば三千五百刈れるはずだけれど、省作とおはまは・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 椿岳の画はかくの如く淵原があって、椿年門とはいえ好む処のものを広く究めて尽く自家薬籠中の物とし、流派の因襲に少しも縛られないで覚猷も蕪村も大雅も応挙も椿年も皆椿岳化してしまった。かつかくの如く縦横無礙に勝手気儘に描いていても、根柢には・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・が、畢竟は談理を好む論理遊戯から愛読したので、理解者であったが共鳴者でなかった。書斎の空想として興味を持っても実現出来るものともまた是非実現したいとも思っていなかった。かえってこういう空想を直ちに実現しようと猛進する革命党や無政府党の無謀無・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・私は坪内君が諛辞を好む人でない事を知ってるから少しも憚らずに直言する。シカシ世間に与えた感動は非常なもので、大多数は尽くヒプノタイズされてしまって、紅隈の団十郎が大眼玉を剥いたのでなければ承知出来ぬ連中までが「チンプンカンで面白くねェ、馬鹿・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・従って、これを好むと好まざるとは、互の素質に因らなければなりません。殊に、文学や、芸術に関するものに於て、このことがいわれます。 ある種の文体は、それを好む人達にとって魅力があるにしても、ある人々にとっては、全く縁なきものであります。一・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・ある青年がどんな娘を好むかはその青年の人生への要求をはかる恰好の尺度である。美しくて、常識があって、利口に立ち働けそうな娘を好むならその青年の人物はそういうものなのだ。無造作で、精神的で、ささげる心の濃い娘を好むなら、そうした品性の青年なの・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 自ら問いを持ち、その問いが真摯にして切実なものであるならば、その問いに対する解答の態度が同様なものである書物を好むであろう。まず問いを同じくする書物こそ読者にとって良書なのである。かような良書の中で、自分の問いに、深く、強く、また行き・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・で、自宅練修としては銘々自分の好むところの文章や詩を書写したり抜萃したり暗誦したりしたもので、遲塚麗水君とわたくしと互に相争って荘子の全文を写した事などは記憶して居ます。私は反古にして無くして仕舞いましたが、先達て此事を話し出した節聞いたら・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・君兪は名家に生れて、気位も高く、かつ豪華で交際を好む人であったので、九如は大金を齎らして君兪のために寿を為し、是非ともどうか名高い定鼎を拝見して、生平の渇望を慰したいと申出した。君兪は金で面を撲るような九如を余り好みもせず、かつ自分の家柄か・・・ 幸田露伴 「骨董」
出典:青空文庫