・・・己ばかりはけっして眠くなったとて、我慢をして眠りはしないと心に決めて、好奇心の誘うままに、その「眠い町」の方を指して歩いてきました。二 なるほどこの町にきてみると、それは人々のいったように気味の悪い町でありました。音ひとつ聞・・・ 小川未明 「眠い町」
・・・、頼まれもせぬのに八尾の田舎まで私を迎えに来てくれたのも、またうまの合わぬ浜子に煙たがられるのも承知で何かと円団治の家の世話を焼きに来るのも、ただの親切だけでなく、自分ではそれと気づかぬ何か残酷めいた好奇心に釣られてのことかもしれません。だ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ひそかに抱いていた性的なものへの嫌悪に逆に作用された捨鉢な好奇心からだった。自虐めいたいやな気持で楽天地から出てきたとたん、思いがけなくぱったり紀代子に出くわしてしまった。変な好奇心からミイラなどを見てきたのを見抜かれたとみるみる赧くなった・・・ 織田作之助 「雨」
・・・僕たちはいつも強い好奇心で、その人の謙遜な身なりを嗅ぎ、その人の謙遜な話に聞き惚れた。しかしそんなに思っていても僕達は一度も島へ行ったことがなかった。ある年の夏その島の一つに赤痢が流行ったことがあった。近くの島だったので病人を入れるバラック・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・私は微かな好奇心と一種馴染の気持から彼らを殺したりはしなかった。また夏の頃のように猛だけしい蠅捕り蜘蛛がやって来るのでもなかった。そうした外敵からは彼らは安全であったと言えるのである。しかし毎日たいてい二匹宛ほどの彼らがなくなっていった。そ・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・たとえば恋愛は未知の女性への好奇的欲望であるというような見方も、明らかに壮年の心理であって、結婚前の青年の恋愛心理ではない。実はそれは美的狩猟の心理なのだ。 恋愛には必ず相手への敬の意識がある。思慕と憧憬との精神的側面があり、誇張してい・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 局へ内地の新聞を読みに来ている、二三人の居留民が、好奇心に眼を光らせて受付の方へやって来た。 三十歳をすぎている小使は、過去に暗い経歴を持っている、そのために内地にはいられなくて、前科者の集る西伯利亜へやって来たような男だった。彼・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・の鬼が住んでいたところだと云われて、その島をも鬼ガ島と名づけ、遊覧者を引こうがための好奇心をそゝっている。こうなると、昔の海賊も、いまの何をつかまえても儲けようとする種類の人間には顔まけするだろう。 小豆島は、島であるが、同時にまた山で・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・俺は好奇心にかられて、そこへズッて行くと、「あすこを見ろ。」 と云って、窓から上を見上げた。 俺はそれで「特等室」の本当の意味が分った。 高い金棒の窓の丁度真ッ上が隣りの家の「物ほし」になっていて、十六七の娘さんが丁度洗濯物・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・たんに好奇心というにすぎないのであろうか。 この時自分は、浜の堤の両側に背丈よりも高い枯薄が透間もなく生え続いた中を行く。浪がひたひたと石崖に当る。ほど経て横手からお長が白馬を曳いて上ってきた。何やら丸い物を運ぶのだと手真似で言って、い・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫