・・・唯、この弟たるべき自分が、時々向うの好意にもたれかゝって、あるまじき勝手な熱を吹く事もあるが、それさえ自分に云わせると、兄貴らしい気がすればこそである。 この兄貴らしい心もちは、勿論一部は菊池の学殖が然しめる所にも相違ない。彼のカルテュ・・・ 芥川竜之介 「兄貴のような心持」
・・・僕等は二人ともこの少女にどうも好意を持ち悪かった。もう一人の少女にも、――Mはもう一人の少女には比較的興味を感じていた。のみならず「君は『ジンゲジ』にしろよ。僕はあいつにするから」などと都合の好いことを主張していた。「そこを彼女のために・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・ とほとほと好意をこめたと聞こえるような声で言った。 矢部は平気な顔をしながらすぐさま所要の答えを出してしまった。 もうこれ以上彼のいる場所ではないと彼は思った。そしてふいと立ち上がるとかまわずに事務所の方に行ってしまった。・・・ 有島武郎 「親子」
・・・僧正の好意と共に受けおさめるがいい」 クララが知らない中に祭事は進んで、最後の儀式即ち参詣の処女に僧正手ずから月桂樹を渡して、救世主の入城を頌歌する場合になっていたのだ。そしてクララだけが祭壇に来なかったので僧正自らクララの所に花を持っ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・私はその時ほど烈しく、人の好意から侮蔑を感じたことはなかった。 思想と文学との両分野に跨って起った著明な新らしい運動の声は、食を求めて北へ北へと走っていく私の耳にも響かずにはいなかった。空想文学に対する倦厭の情と、実生活から獲た多少の経・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・省作は腹の中で、しみじみ兄の好意を謝した。省作は今が今まで、これほど解ってる人で、きっぱりとした決断力のある人とは思わなかった。省作はもう嬉しくて堪らない。だれが何と言ってもと心のうちで覚悟を定めていた所へ、兄からわが思いのとおりの事を言わ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・政治家や実業家には得てこういう人を外らさない共通の如才なさがあるものだが、世事に馴れない青年や先輩の恩顧に渇する不遇者は感激して忽ち腹心の門下や昵近の知友となったツモリに独りで定めてしまって同情や好意や推輓や斡旋を求めに行くと案外素気なく待・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・朝日新聞記者として永眠して死後なお朝日新聞社の好意に浴しているが、「新聞記者はイヤだ、」といった事は決して一度や二度でなかった。ただ独り職業ばかりではない。その家庭に対してすら不満が少くなかった。更にまた一歩を進めていうと、二葉亭は生活の総・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・ 私の作品に好意的に触れておられる文章故、いささか気がさしながら引用したのであるが、要するに、これをもって見れば、すくなくとも、大阪的な作品は東京文壇の理解するところとならぬのではあるまいか。 どうせ、文学に対する考え方なぞ、人生に・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・彼はあの作の動機に好意を持っていてくれてる。モグラモチのように蠢きながらも生きて行かねばならぬ、罪業の重さに打わなきながらも明るみを求めて自棄してはならぬ――こういった彼の心持の真実は自分にもよくわかる気がする。といって自分のあの作が、それ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
出典:青空文庫