・・・って支配せられたるが故に、これからもまたこのイズムに支配せられざるべからずと臆断して、一短期の過程より得たる輪廓を胸に蔵して、凡てを断ぜんとするものは、升を抱いて高さを計り、かねて長さを量らんとするが如き暴挙である。 自然主義なるものが・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・平凡なる私の如きものも六十年の生涯を回顧して、転た水の流と人の行末という如き感慨に堪えない。私は北国の一寒村に生れた。子供の時は村の小学校に通うて、父母の膝下で砂原の松林の中を遊び暮した。十三、四歳の時、小姉に連れられて金沢に出て、師範学校・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・の自負心をもつてしても、十九世紀以来の地上で、ニイチェと競争することは絶望である。 ニイチェの著書は、しかしその難解のことに於て、全く我々読者を悩ませる。特に「ツァラトストラ」の如きは、片手に註解本をもつて読まない限り、僕等の如き無識低・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・心気粗暴、眼光恐ろしく、動もすれば人に向て怒を発し、言語粗野にして能く罵り、人の上に立たんとして人を恨み又嫉み、自から誇りて他を譏り、人に笑われながら自から悟らずして得々たるが如き、実に見下げ果てたる挙動にして、男女に拘わらず斯る不徳は許す・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・意形を全備して活たる如きものは名人の作なり。蓋し意の有無と其発達の功拙とを察し、之を論理に考え之を事実に徴し、以て小説の直段を定むるは是れ批評家の当に力むべき所たり。 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・(死は物を呼び寄するが如き音をヴァイオリンにて弾じ出す。この時死は寝室の扉の傍、舞台の前の方、右手に立ちおり、主人は左手壁の方、薄暗き処に立ちおる。右手の扉を開きて主人の母出で来る。更けたりという程にはあらず。長き黒き天鵞絨の上着を・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・木の実といえば栗、椎の実も普通のくだものも共に包含せられておる理窟であるが、俳句では普通のくだものは皆別々に題になって居るから、木の実といえば椎の実の如き類の者をいうように思われる。しかしまた一方からいうと、木の実というばかりでは、広い意味・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・「狐の如きは実に世の害悪だ。ただ一言もまことはなく卑怯で臆病でそれに非常に妬み深いのだ。うぬ、畜生の分際として。」 樺の木はやっと気をとり直して云いました。「もうあなたの方のお祭も近づきましたね。」 土神は少し顔色を和げまし・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・上海その他へ出かけて、目下戦線ルポルタージュ専門の如き観を呈している林房雄氏が上述の提唱の首脳であったことは説明を要しない。文芸懇話会賞というものをその作「兄いもうと」に対しておくられた室生犀星氏は、自身の如く文学の砦にこもることを得たもの・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・屋の如き浪を凌いで、大洋を渡ったら、愉快だろう。地極の氷の上に国旗を立てるのも、愉快だろうと思って見る。しかしそれにもやはり分業があって、蒸汽機関の火を焚かせられるかも知れないと思うと、enthousiasme の夢が醒めてしまう。 木・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫