・・・と片頬に笑める様は、谷間の姫百合に朝日影さして、しげき露の痕なく晞けるが如し。「あすの勝負に用なき盾を、逢うまでの形身と残す。試合果てて再びここを過ぎるまで守り給え」「守らでやは」と女は跪いて両手に盾を抱く。ランスロットは長き袖を眉・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・世間或は説あり、父母の教訓は子供の為めに良薬の如し、苟も其教の趣意にして美なれば、女子の方に重くして男子の方を次ぎにするも、其辺は問う可き限りに非ずと言う者あれども、大なる誤なり。元来人の子に教を授けて之を完全に養育するは、病人に薬を服用せ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・たとえば、遠方より望み見れば円き山にても、その山に登れば円き処を見ず、はるかに眺むれば曲りたる野路も、親しくその路を践めば曲るところを覚えざるが如し。直接をもって真の判断を誤るものというべし。かかる弊害は、近日我が邦の政談上においてもおおい・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・聖人は赤児の如しという言葉が、其に幾らか似た事情で、かねて成り度いと望んでた聖人に弥々成って見れば、やはり子供の心持に還る。これ変ったと云えば大に変り、変らんと云えば大に変らん所じゃないか。だから先きへばかり眼を向けるのが抑の迷い。偶には足・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・彼は銭を糞の如しとは言わず、あどけなくも彼は銭を貰いし時のうれしさを歌い出だせり。なお正直にも彼は銭を多く貰いし時の思いがけなきうれしさをも白状せり。仙人のごとき仏のごとき子供のごとき神のごとき曙覧は余は理想界においてこれを見る、現実界の人・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・天上の舟の如しという趣がある。けれども天上の舟というような理想的の形容は写実には禁物だから外の事を考えたがとかくその感じが離れぬ。やがて「酒載せてただよふ舟の月見かな」と出来た。これがその時はいくらか句になって居るように思われて、満足はしな・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・「公明日月の如し」とか、「我が身命を愛さず唯惜しむ無上道」とか、「得意淡然失意泰然」とかいう辞句は時利あらず、いかような羽目にたちいたろうともわがこころに愧じるところなく、確信ゆるがずという文句である。「あら尊と音なく散りし桜花」という東條・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・駄作小説の如しと感じて林町へ行きました。父はしっかりしているし、がんばりなのに、そして若々しいのにびっくりし、私は自分の思いやりが常識的であるのを感じた次第ですが、父はちゃんと自分でのんきに、正月をおくるプログラムを立てていて、私の心配はそ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・中庭より直に楼に上るべき梯かけたるなど西洋の裏屋の如し。屋背は深き谿に臨めり。竹樹茂りて水見えねど、急湍の響は絶えず耳に入る。水桶にひしゃく添えて、縁側に置きたるも興あり。室の中央に炉あり、火をおこして煮焚す。されど熱しとも覚えず。食は野菜・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・に於けるが如く、またニイチェの「ツァラツストラ」に於けるが如し。此の故に一つの批評にして、もしその批評が深き洞察と認識とを以ってわれわれを教養するならば、それは作物のみとは限らず批評それ自身作物となって高貴な感覚を放散し出すにちがいない。そ・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫