・・・――楊は、虱になって始めて、細君の肉体の美しさを、如実に観ずる事が出来たのである。 しかし、芸術の士にとって、虱の如く見る可きものは、独り女体の美しさばかりではない。 芥川竜之介 「女体」
・・・ 所詮、芸術は、いかに如実に、現実を再現しようとしても、たゞ、事件それのみを語ることを目的としたり、畢竟、直接の経験した者の実感以上には、出ることができないのである。 芸術が、経験を通じて、何ものかを語らんとしていることは、事実であ・・・ 小川未明 「何を作品に求むべきか」
・・・やがてこれを如実に描写できる、この仕合せ。ああ、この男は、恐怖よりも歓喜を、五体しびれる程の強烈な歓喜を感じている様子であります。神を恐れぬこの傲慢、痴夢、我執、人間侮辱。芸術とは、そんなに狂気じみた冷酷を必要とするものであったでしょうか。・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・結婚以前の私のだらし無さが、いま眼前に、如実に展開せられるわけだ。汚れた浴衣は、汚れたままで倉庫にぶち込んでいたのだし、尻の破れた丹前も、そのまま丸めて倉庫に持参していたのだし、満足な品物は一つとして無いのだ。よごれて、かび臭く、それに奇態・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・それで彼の仕事を正当に理解し、彼のえらさを如実に估価するには、一通りの数学的素養のある人でもちょっと骨が折れる。 到底分らないような複雑な事は世人に分りやすく、比較的簡単明瞭な事の方が却って分りにくいというおかしな結論になる訳であるが、・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・敵の証言が味方のそれよりもかえって当人の美点を如実に宣明することもしばしばあるのである。 ただいずれの場合においても応用心理学の方でよく研究されている「証言の心理」「追憶の誤謬」に関する十分の知識を基礎としてそれらの資料の整理をしなけれ・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・雪原の割れ目などでも、橇で乗り越して行く時にくずれるさまなどから、その割れ目の状況や雪の固まりぐあいなどが如実に看取されるのである。 食糧品を両側に高く積み上げた雪中の廊下の光景などもおもしろい。食糧箱の表面は一面に柔らかい凝霜でおおわ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・実在の人間に不可能で、しかも人間の可能性の延長であり人間の欲望の夢の中に揺曳するような影像を如実に写し出すというのも一つの芸術ではあるが、そうした漫画は精神的にはわれわれに何物をも与えず、ただ生理的にむしろ廃頽的な効果を与えるのみではないか・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・試みにこの一巻を取ってこれを如実に表現すべき映画を作ることができたとしたら、かの「ベルリーン」のごときものは実に幼稚な子供の片言に過ぎないものになるであろう。 しかし、話の筋が通らなくては物足りないという観客が多数にあるかもしれない。そ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・の事件に際して再び如実に思い出したのであった。 老人がその環境への不満から腹を立てている。しかし周囲の人はそれをきわめて軽く取り扱っている、そうした光景を見るとき自分は子供の時分から妙に一種の悲哀に似たあるものを感じる癖があったような気・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
出典:青空文庫