・・・ あの男がかようになろうとは、夢にも思わずに居りましたが、真に人間の命なぞは、如露亦如電に違いございません。やれやれ、何とも申しようのない、気の毒な事を致しました。検非違使に問われたる放免の物語 わたしが搦め取った男でご・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・水に縁の切れた糸瓜が、物干の如露へ伸上るように身を起して、「――御連中ですか、お師匠……」 と言った。 薄手のお太鼓だけれども、今時珍らしい黒繻子豆絞りの帯が弛んで、一枚小袖もずるりとした、はだかった胸もとを、きちりと紫の結目で・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・と、小使らしい半纒着の男が二人、如露と箒とで片端から掃除を始める。私の傍の青い顔の男もいつの間にかいなくなった。ガランとした広い会所の窓ガラスには、赤い夕日がキラキラ輝いたが、その光の届かぬ所はもう薄暗い。 私はまた当もなくそこを出た。・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ぼうっとなって歩いているうちに、やがてアセチリン瓦斯の匂いと青い灯が如露の水に濡れた緑をいきいきと甦らしている植木屋の前まで来ると、もうそこからは夜店の外れでしょう、底が抜けたように薄暗く、演歌師の奏でるバイオリンの響きは、夜店の果てまで来・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・それから如露を持って風呂場へ行って、水道の水を汲んで、籠の上からさあさあとかけてやった。如露の水が尽きる頃には白い羽根から落ちる水が珠になって転がった。文鳥は絶えず眼をぱちぱちさせていた。 昔紫の帯上でいたずらをした女が、座敷で仕事をし・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・二人は如露の手をやめて、しばらくだまって顔を見合せたねえ、それからペムペルが云った。『ね、行って見ようよ、あんなにいい音がするんだもの。』 ネリは勿論、もっと行きたくってたまらないんだ。『行きましょう、兄さま、すぐ行きましょう。・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・そしてべったり椅子へ坐ってしまいました。わたくしはわらいました。「よくいろいろの薬の名前をご存知ですな。だれか水を持ってきてください。」ところがその水をミーロがもってきました。そして如露でシャーとかけましたのでデストゥパーゴは膝から・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ その時刻、ミーチャは、幼稚園で、朝日のさす窓の前へ如露を持って立っていた。水は光って、転がって、鉢の西洋葵の芽生を濡した。〔一九三一年三月〕 宮本百合子 「楽しいソヴェトの子供」
出典:青空文庫