・・・科学の進歩を妨げるものは素人の無理解ではなくて、いつでも科学者自身の科学そのものの使命と本質とに対する認識の不足である。深くかんがみなければならない次第である。 寺田寅彦 「物質群として見た動物群」
・・・誠に簡単なような実験でもその成効を妨げるような条件は無数にあって、成効の途はただ一つしかない。少し油断をすると思いがけない掃除口から泥棒がはいるようなことになる。例えば天秤で重量を測るにしても、箱の片側に日光が当って箱の中の空気の対流を生じ・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・一般の世が自分が実世界における発展を妨げる時、自分の理想は技巧を通じて文芸上の作物としてあらわるるほかに路がないのであります。そうして百人に一人でも、千人に一人でも、この作物に対して、ある程度以上に意識の連続において一致するならば、一歩進ん・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ こういったふうな状態は、彼をやや神経衰弱に陥れ、睡眠を妨げる結果に導いた。 彼とベッドを並べて寝る深谷は、その問題についてはいつも口を緘していた。彼にはまるで興味がないように見えた。 どちらかといえば、深谷のほうがこんな無気味・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・しかるにその物が少しでもこの恋を妨げる者であったならば家であろうが木であろうが人であろうが片端からどしどし打毀して行くより外はない。この恋が成功さえすれば天地が粉微塵コッパイになっても少しも驚きはせぬ。もしまたこの恋がどうしても成功せぬとき・・・ 正岡子規 「恋」
・・・なぜならば、機会ある毎にアジア民族の解放を妨げることしかしてこなかった日本の帝国主義は、こんにちでも決してその根拠と、協力する勢力を失っておらず、現在ではますます日本の民主化とポツダム宣言による平和の確保がおびやかされてきているからです。こ・・・ 宮本百合子 「新しいアジアのために」
・・・――この感じが、尠からずはる子の自由を妨げるのであった。 会えば屡々そうなのに、これはまた奇妙なことに、暫く彼女が顔を見せないと、はる子は気になった。寂しい古びた二階で、物質にも精神にも乏しい不健康そうな彼女が、どんな心持で暮しているだ・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・ 真向からの熱中、努力、緊張を意識した意気込みは必ず作品の、深静な生命の流動を妨げるものではあるまいか。ただ、真剣に頭に血を上らせて詰め寄せたとても徒労に終る、徒に鋭く、細かく、頭を働かせて事象を描こうとしても、写るものは影ばかりだ。計・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・「もしも、生活が地上の幸福のために絶間ない闘争であるならば徒らな慈悲と愛とはただ闘争の成功を妨げるだけではないか」と。いわゆる温和な人々が余りにも多すぎた。卑俗なものへ適応する彼等の巧妙さ。精神のたわいない移り気、柔軟性、「蚊のような彼等の・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・代議士になり、政権をとるためには、多数が好都合だから、本当は、民主日本の進路を妨げる反動勢力と知りつつ、それに属し、ゴジ論を流布して、当選を当てこんでいる次第であろう。 憲法というものは、明治の日本でも、自由民権の論とその運動とをつぶし・・・ 宮本百合子 「矛盾とその害毒」
出典:青空文庫