・・・東山時分から高慢税を出すことが行われ出したが、初めは銀閣金閣の主人みずから税を出していたのだ。まことに殊勝の心がけの人だった。信長の時になると、もう信長は臣下の手柄勲功を高慢税額に引直して、いわゆる骨董を有難く頂戴させている。羽柴筑前守なぞ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・彼らすでに始めがある。かならず終りがなければならぬ。形成されたものは、かならず破壊されねばならぬ。成長する者は、かならず衰亡せねばならぬ。厳密にいえば、万物すべてうまれいでたる刹那より、すでに死につつあるのである。 これは、太陽の運命で・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・と云っているのではなかった。始め、俺にはワケが分らなかった。 ところが、二日目かに、モサで入っていた目付のこわい男が、ニヤ/\してながら自分の坐っている側へ寄って来てみれと云った。俺は好奇心にかられて、そこへズッて行くと、「あすこを・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・浴するそれ幾ばく、着たる糸織りの襟を内々直したる初心さ小春俊雄は語呂が悪い蜆川の御厄介にはならぬことだと同伴の男が頓着なく混ぜ返すほどなお逡巡みしたるがたれか知らん異日の治兵衛はこの俊雄今宵が色酒の浸初め鳳雛麟児は母の胎内を出でし日の仮り名・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・月の初めと半ばとの二度に分けて、半月に一円ずつの小遣を渡すのを私の家ではそう呼んでいた。「今月はまだ出さなかったかねえ。」「とうさん、きょうは二日だよ。三月の二日だよ。」 それを聞いて、私は黒いメリンスを巻きつけた兵児帯の間から・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・この顔は初めは幅広く肥えていたのである。しかし肉はいつの間にか皮の下で消え失せてしまって、その上の皮ががっしりした顴骨と腮との周囲に厚い襞を拵えて垂れている。老人は隠しの中の貨幣を勘定しながら、絶えず唇を動かして独言を言って、青い目であちこ・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・「でもたった今これを始めたばかりですから」「ついでに仕上げてしまいたいのですか」「いいえ、そうじゃないのですけど、何だか小母さんにすまないから。――あたし行きたいんですけれど」「では行けばいいじゃありませんか」「そんなこ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・あの時そういったのは、わたしが初めよ。勘忍してお遣りとそう云ったわ。あの事をまだ覚えていて。あの時お前さんがわたしの言った通りにすると、今はちゃんと家持になっているのね。去年のクリスマスにはあの約束をおしの人の二親のいる、田舎の内にお前さん・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・さて夏の中でもすぐれた美しい聖ヨハネ祭に、そのおばあさんが畑と牧場とを見わたしていますと、ひょっくり鳩が歌い始めました。声も美しくエス・キリスト、さては天国の歓喜をほめたたえて、重荷に苦しむものや、浮き世のつらさの限りをなめたものは、残らず・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・「このごろでは、解析学の始めに集合論を述べる習慣があります。これについても、不審があります。たとえば、絶対収斂の場合、昔は順序に無関係に和が定るという意味に用いられていました。それに対して条件的という語がある。今では、絶対値の級数が収斂・・・ 太宰治 「愛と美について」
出典:青空文庫